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「わたし、貴女を守ります。だからえっちさせてください」
そんな非常識かつ身も蓋もない台詞を私、兼道香織が聞かされたのは、高校2年に上がってすぐのとある放課後のことだった。私は校舎を出て寮への帰り道を急いでたんだけど、すぐ脇のグラウンドで野球部が恒例の千本ノックをやっていて、その流れ玉がこっちに飛んで来た。「危ない!」なんて野球部の人が叫ぶ頃には、硬球はもう目の前まで迫っていて……私は思わず目を瞑って居竦むしかなかった。
「香織さん!!」
そんな時、私の名を呼ぶ声がした。同時に、背の高い人影が私に覆い被さって……その背中で硬球の直撃を受けてくれたのだ。
「つっ……!」
庇うように私を抱きかかえ、うめき声を漏らしたその人の腕の中は不思議なくらいあったかくて、そして大きなおっぱいが顔に当たってちょっと苦しかった。
「ふう……香織さん、大丈夫ですか? どこにも怪我はありませんか?」
「は、はい……で、あなたは誰?」
私を助けてくれたのは、顔も知らない大人のお姉さんだった。
「わたしですか? わたし美夢です。フルネームは、林美夢」
向こうから名乗ってくれたけど、私には全然心当たりがない。本当に誰だろう? 背は私より頭ひとつ分は高くて、ブルーのジャージ越しでもわかるぐらい出るとこ出てて、どう見ても大人だ。学校でこんな知り合いを作った覚えはないんだけど……美夢さんの方はどうやら私を知ってるみたい。だって、ボサボサの前髪から覗く目がキラキラしちゃってるもん。
「良かった……怪我がなくて。貴女に何かあったら、わたしもうどうしたらいいか」
私が困惑してる間にも、美夢さんはそんなことを言って無許可でぎゅうぎゅう抱き締めて来る。待って待って、勝手に感極まらないで。
「ちょっと、一旦離して……苦しいんですけど!」
「わっ、失礼しました」
ぱっと腕を解かれ、私はようやく深呼吸できた。この人、距離感おかしいけど礼儀正しくはあるみたい。まあ見た目かなり埃っぽいしどう見ても不審者だけど。
「あのぉ……えっと」
待てをされた犬のようにもじもじする美夢さんを眺めていると、グラウンドの向こうから野球部の人たちが青い顔をして走って来た。
「たいッへん、サーセンしたッ!!」
主将と思われる人が帽子を脱いで深々と頭を下げ、続いて部員一同が美夢さんとついでに私を担ぎ上げて保健室へと連行して行く。
(ちょっと待って。私、怪我人じゃないんだけど!?)
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有無を言わさず連れて来られた保健室で、美夢さんは硬球の当たった跡を診てもらうようだ。無傷の私は当然やることがないので、診察の様子を横から窺う。
「あなた、この学校の先生とかじゃないわよね? 用務員さん……とかでもないし、この辺りに住んでる人?」
保健医の愛梨ちゃんは私の茶飲み友達で、喧嘩した後の不良なんかも叱りつけながら手当てしてしまう肝の座った先生だ。なので突然担ぎ込まれた美夢さんにも動じたりはしないんだけど、やっぱり不審には思うみたい。
「は、はあ……えっと、この辺には昔住んでまして……あ、でも10年ほど海外に居たんで来たのはついさっきで……つまり……」
《つづく》