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口裂け女ですが、あたしだってきれいになりたい

作者: 星見守灯也

 1979年、夏の終わりのことだ。

 昨年末に突然発生した口裂け女の噂はまるで聞かれなくなっていた。


「あいつは口裂け女やめちゃったし……あたしはどうしよう……」

 マスクをした女が、とぼとぼと歩いている。

「みんなを驚かせたい。びっくりさせたい。でも……」

 小学生の集団が、その横を走り去っていった。

「でも、あたし、きれいになりたい……!」

 

 女はドキドキしながらデパートに入った。ブランドの化粧品売り場にこそこそと入ってみる。わあ、口紅ってこんなに色あるんだ……。このパレット、何に使うんだろう。何でこんなに何色もあるんだろう。これはアイライナー? 目のきわに線を引くのって怖くない? あちこちキョロキョロしている女に、お姉さんが声をかけてくる。

「なにをお探しですか、お客様」

「あ、あ、あの! あの……あたしでもきれいになれますか!」

 お姉さんこと美容スタッフはぱっと顔を輝かせた。

「はい! どなたでもきれいになれますよ!」

「こ、こんなでも……」

 女は震えながらマスクをとった。

「あら、お口を気にしておいでですか?」

「はい……」

「そういうときは、お口に負けないようにお目目もバッチリキメるといいんですよ。ちょっとやってみましょうか。お化粧はお好きですか?」

「いえ、あんまり……」

「じゃあ、まずやってみましょうか」


「これが……あたし?」

 鏡を見て、女は言葉を失った。口が裂けていることには変わりないのに、「きれいになった」と自分でもわかった。「お客様はお肌がきれいですから、下地で整えてあげて、まつ毛をしっかりあげてあげるととってもいいですよー」。「アイラインも細くナチュラルにひくほうがいいですね」。「アイシャドウはちょっとオレンジの入ったベージュ系で優しく見せましょう」。「マスカラは下まつ毛にも」。「口紅は合う色を探してみましょう。あんまり赤すぎず、グラデつくるといいかんじです」。正直、何を言われていたのか、されたのか女にはわからなかった。まるで魔法を見ているようだった。

「この化粧品、全部ください!」

「ひとつひとつ揃えていって大丈夫ですよー」

 それから女は化粧の勉強をしはじめた。ファッション雑誌を読んで「きれい」と思ったモデルの写真を集めた。モデルに似合っていても自分に合わないことに悩み、流行を試してみても使いこなせないことに悩んだ。試行錯誤をして、思い通りの顔になってガッツポーズをしたりした。そのうち、合わせる洋服にも興味が出て、持ち物にもこだわるようになった。



 そうして40年が過ぎた。新型コロナも減り、最近、ネットでは口裂け女が話題になっている。

「ハロー、悩める乙女たち。あ、男子も歓迎よ。口裂けちゃんねる、びっくりメイクのお時間でーす!」

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