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帰り道

 はらはらと雪が降る。

 まだ夕方だというのに真っ暗になった空から舞い落ちる白はクリスマス飾りの明かりを反射させ、商店街の彩をより美しく魅せる。


「見て見て、手袋に雪積もった!」


 しかしこんな景色ももえと一緒だとロマンチックに映らない。

 自分で持ってきた大きな傘を私にささせ、もえ自身は右手をずっと地面と平行に上げていたから何をしているのかと思ったらこれである。

 パステルピンクの手袋には確かに雪が積もっているが――


「今時子供でもそんなことで喜ばないわよ……」

「わたしは嬉しいも~ん」

「あっそ」


 もえは引き続き右手に雪を積もらせにかかったのだが、すぐにその手を下ろすことになる。正面から手を繋いだカップルが歩いてきたのだ。ただ歩いているだけであんなにも幸せいっぱいという顔をできるのなら彼女らの人生はさぞ充実しているのだろう。

 まあ、私の人生の方が充実してるが……と、別に張り合いたいわけではないのだ。

 もえは腕を伸ばしたままでも彼女らを避けることは簡単にできたことだろう。しかしそうせずに腕を下ろした。


「もう満足したのかしら?」

「うーん……」


 何かを思案している時の難しい表情。もえの表情の中ではかなりレアな部類だが、経験上彼女がこの顔をする時は大抵ろくなことを考えていない。

 やがてもえはぱっと笑顔を咲かせる。

 そんな彼女は身構えた私の、傘を持っていない左側に回ってきて――そっと私の左手を握ってきた。


「冷たっ」


 さっきまで雪が積もっていた冷たい手袋で。

 新手の嫌がらせかと思ってもえを睨みつけたがどうやらそうではないらしい。彼女は私のことなんて見ずに足元のカラフルなレンガとにらめっこしていた。

 身長差のせいでずっと下に見えるうなじが、真っ赤に染まっているのが見て取れる。

 なるほど、手を繋ぎたかったわけか。

 しかし、これ、なんかすごくドキドキする……。

 いつものもえなら気づけばゼロ距離まで詰めてきているから、この微妙な距離感が普通の女の子同士のようなリアルさを醸し出してくる。


「も、もえって破天荒にみせかけて意外と普通よね……」

「わたしも驚いた」


 私を見上げるように上がったもえの顔は、さっきのカップルとまるっきり同じ表情を浮かべていた。


「せめてあなたが私なんて足元にも及ばないくらいすっごく特別な子だったら、私はあなたを嫌いになったりしなかったかもしれないのに……」


 いや、違うか。こんな普通な一面もある彼女が、ステージに立てば私なんて足元にも及ばないくらいすっごく特別なアイドルになる――特別すぎる存在だからこそ私は彼女のことがここまで嫌いになったのだ。


「す~ぐそういうこと言うんだから。ほんとは両想いなのにっ!」


 繋いだ手がもえのせいでぶらーんと大きく揺れる。


「両想いじゃないわ」


 ずっと私の片想い。

 今日まで私だけが一方的に日下もえをライバル視していた。そしてきっとこれからも。


「いけず」

「なんとでも言いなさい」


 そんな会話をしているうちに商店街も出口だ。

 そこに植えられた巨大な針葉樹にはLEDが巻き付けられており、ちかちかとカラフルに点滅している。クリスマスツリーだ。


「そだ、ここで良いものあげる!」


 もえは相変わらずの自由っぷりでツリーの前まで駆けていくとベンチに腰掛けた。


「良いもの?」


 歩いて近づいた私はもえの隣に座り傘を閉じる。葉の下になるのでここならば濡れない。


「そう、ちょっと待ってね」


 もえはダウンの中に付けていたポシェットをまさぐると、パステルピンクで包装された直方体の箱を出してきた。


「これ、クリスマスプレゼント」

「まだ一週間あるわよ?」

「だってどうせみちるちゃんクリスマス忙しいじゃんか」


 もえは頬を膨らませた。


「それはあなたも同じことでしょ」

「違いますぅ~。わたしはみちるちゃんがどうしてもって言えばお仕事すっぽかしてでも会いに行くも~ん」

「それは仕事を優先しなさいよ。まあ何にしても嬉しいわ、ありがとう」

「うむ、どういたしまして。開けてみて!」


 もえは目に期待の色に染めて私がプレゼントを空けるのを待っている。普通それはもらった側のリアクションでは……?

 なんて思いつつも、破れてしまわないように丁寧に包装を開けていくと、入っていたのは透明なプラスチックの箱。その中に見えるのは先端に大きな花が二輪象られたかんざしだ。


「かわいいでしょ!」

「ええ、白いから私が着けてもちゃんと似合いそうね」


 容姿的にも性格的にも可愛すぎるものが似合わない私だが、このカラーのかんざしなら相性は悪くないだろう。


「なんて花なの? って訊いて」


 もえは私の耳元に顔を寄せてそう囁いてくる。そういう行動をする意味はまるで謎だが。


「話したいなら勝手に話せばいいじゃない」

「いいから訊いてよっ!」


 相変わらずの意味不明さにため息が漏れる。

 まあせっかくプレゼントしてくれたのだし、このくらい彼女の願いを聴いてもいいだろう。


「はいはい。なんて花なの?」

「山茶花だよ。花言葉はひたむきさ!」


 満足そうで自慢げにもえは小さな胸を張る。


「あなた花言葉とか詳しかったかしら?」

「ううん、ネットで調べた。みちるちゃんにぴったりな花言葉だと思ってオーダーメイドで作ってもらったの」

「え、そんなに凝ったものなの? 私何も用意してないんだけど……」

「いいよいいよ、私が勝手にプレゼントしただけだし。そだ、あっちむいて~」


 手袋を脱いだもえは一度くれたプレゼントを私の手から奪い取り、箱を開けて私の後ろ髪を手に取ってくる。


「髪解いてもいい?」


 結ってくれるということなのだろう。


「ええ、構わないわよ」


 オーディションのために買った黒く大きなリボンのヘアクリップ。それとほとんど同じデザインのヘアクリップで作るハーフアップ。正直なところこの髪型自体に特別な思い入れがあるわけではないのだが、岡空みちるといえば黒デカリボンというイメージがいつの間にかついてしまったがために、やめるにやめられなかったのだ。これを期に新しい髪型やヘアアクセに挑戦するのも悪くないだろう。


「これも動画見て勉強したの~」


 もえはヘアゴムで私の髪を束ねてねじり、その根元にかんざしを挿してくりんと回す。かんざしがあることで通常より華やかなアレンジポニーテールだ。


「これいいわね」


 スマホの内カメラで見ていたが、簡単に作れる上にただ結うよりも数段おしゃれに見える。


「でしょお。絶対みちるちゃんに似合うと思ったんだ!」

「ありがとう。じゃあせっかくだし私はあなたの髪をやってあげるわ」

「お、いいね、そういうの。青春っぽい!」


 もえは嬉しそうに手を合わせるとポニーテールを振って私に背を向けた。


「可愛くしてね。みちるちゃんの好みな感じに」

「まあ、私の好みっていうか……」


 癖のないまっすぐな髪を束ねていたヘアゴムを取り少し整えてあげてから、後ろ髪を残しつつそれらをまとめ最後にさっきまで私が着けていたヘアクリップで留めてやる。


「私の髪型、とかどうかしら」

「おお、岡空みちるの黒デカリボンだあ」

「それあげるわ。お礼には足りないかもしれないけれど」

「ううん、すっごく嬉しい。どうかな、ちょっとわたし大人っぽいんじゃない?」


 もえは立ち上がると、真ん丸な目をきりっとさせて髪をかき上げる。


「背伸びしてる子供っぽいわ」


 小学生みたいな体型のもえがどんな格好をしていても大人っぽくはならないだろう。


「? それって褒めてる?」

「若さがにじみ出てるって意味よ」

「よく分からないけどまあいいや。寒くなってきたからそろそろ帰ろ」


 もう私たちのマンションは目と鼻の先だ。

 この短い距離、一歩一歩がもったいない気がしてしまうが、それでも同じ傘に入ったままどちらともなく歩調を合わせてたどる帰路は幸せだった。

 手袋を脱いだせいで冷え切っているもえの小さな手を強く握る。もえも私の手を強く握り返してくれる。

 上機嫌なもえが鼻歌を歌い出す。バーテックスの曲だ。私もそれに鼻歌を重ねる。

 まだ一週間も早いのに、すっかりクリスマスの雰囲気に呑まれてしまっているな、我ながら。

 部屋の前まで誰ともすれ違わなかったのは幸いだったかもしれない。もし誰かにこんな姿を見られていたなら恥ずかしくて死んでしまう。


「……それじゃあ、おやすみなさい」


 しかし部屋の前まで来てしまえば楽しかった時間も終了だ。


「寂しいなあ、みちるちゃんと離れ離れになるの。寂しすぎて寝られないかも」

「離れるって言ってもすぐ隣なんだからいつでも会えるわ。お互い忙しくなってもね」


 私自身の名残惜しさもごまかすためにそんなことを口に出してみる。


「ふふっ、じゃあ今日のところはこれでさよならだね。これすっごく嬉しかった」


 もえは頭のリボンを緩やかに撫でると、カードキーをかざして部屋の扉を開いた。


「私の方こそ、プレゼントありがとう」

「うん、どういたしまして~。それじゃあみちるちゃん、体調崩さないように頑張ってね!」


 ぱたん、ともえは言いたいことだけ言って扉を閉じきってしまった。


「あなたもね……」


 もえの悪い癖だ。自分の言いたいことは言うくせに相手の返事を待たないのは。

 思わず特大のため息が漏れた。

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