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初対面

「アイドルのオーディションを受けてみない?」


 幼い頃から通っていたダンススクールの先生にそう声をかけられたのは十五の冬。推薦入試で周囲より一足早く高校進学が決まり、中学最後の冬休みは毎日のようにスクールに通っていた。

 親は他の家庭に比べて厳しい方ではない。それでも、夢だった芸能界を本格的に志すのはせめて義務教育を終えてからにするよう言われていた。先生もそれを知っていたからこのタイミングだったのだろう。それに詳しく聞いてみると、ちょうど知り合いからアイドル志望の生徒はいないかという話を貰っていたらしい。

 それというのが大手レーベルの立ち上げる新規アイドルプロジェクト。その一期生を決めるというものだった。

 先生の推薦ということで書類選考は免除してもらい、私はいきなり二次選考から始めてもらえることになった。

 世の中がバレンタインデーに浮き足立っている中、都心を少し外れた場所にある巨大なビルを緊張の中見上げる。

 この日のためにしてきた努力は裏切らないはずだ。ダンスにはもちろん自信があるし、歌だってダンススクールの先生の勧めで定期的にレッスンを受けていた。


「大丈夫……!」


 気合いを入れ直すため胸に手を当てて深く息を吐く。

 白い息は空を目指して薄く消えていく。

 落ちるわけはない。実力はきっと私が一番だ。根拠はないけれど、少なくとも努力の量では誰にも負けていないはずだ。

 腕時計を見ると選考の一時間前。


「わあ〜〜、遅刻ゥゥ!!」


 緊張している私をよそに、小学生くらいの女の子が絶叫しながらすぐ横を駆け抜けて行った。そこには緊張感なんて欠片も存在していない。

 そんな彼女は開きかけた自動ドアにぶつかって止まると、額を抑えてその場にしゃがみこんだ。


「っ~~~~」

「ちょ、大丈夫?」

「って、痛がってる場合じゃない! 遅刻だよ、遅刻!」


 焦るあまり私の声が届いていないらしい少女は、開ききった自動ドアの中へクラウチングスタートで飛び込んだ。

 彼女も選考で来たのだろうか。二次選考は集団面接で二時間おきにあると聴いている。次の面接まではあと三十分以上の余裕がある。ともすればまさか選考に一時間近く遅刻してきたということだろうか。

 いや、さすがにそれはないか。

 きっと選考ではない別の用事があるのだろう。大きな会社だし、出入りするのはオーディションの参加者だけではないはずだ。

 そう思ったのだが、


「わあ〜、綺麗な子だあ。なんていうの?」


 彼女とはすぐに再開した。

 控室兼更衣室こと狭い会議室に入った途端、満面の笑みで話しかけてきたのだ。どうやら本当にオーディションの参加者だったらしい。

 着替え中の彼女が恥じらいもなくTシャツを脱いだことで顕になった上半身は細いながらもとても健康的。元気で活発な小学生といったところだろうか。顔はアニメや漫画から抜け出してきたかのように整っていて可愛らしい。そしてなにより特徴的なのは、私を真っ直ぐに見て放たれたその声である。ふわふわでうざいくらい頭に残り続けるのに、不思議とずっと聴いていたくなるような中毒性のある声。きっともう死ぬまで彼女の声を忘れることはできないだろうと思わされる個性。アイドルとしては百点満点だ。


「岡空みちる、です。あなたは?」


 普段なら愛想笑いの適当な挨拶で済ませる場面だろうが、彼女のことはなんだか気になってしまいつい名前を訊き返してしまった。


「わたしは日下もえっていうの。よろしくね、みちるちゃん!」


 輝く笑顔を浮かべた彼女はググいっと身体を寄せ、握手を求めてきた。上裸で。

 さすがに無視するわけにはいかないので握手に応じると、この上なく輝いていた笑顔がさらに極上の輝きを放ち出す。それだけで惚れてしまいそうな、いや、推してしまいそうな表情だ。


「すっごく美人な子とお友達になっちゃった!」

「お、お友達……!?」


 まだ名前以外のことはお互いに何も知らないと思うのだが、果たしてそんな関係を友達と呼べるのだろうか。


「そだ、最近ハマってるから手相見たげる」


 彼女は一方的に握手を解くとそのまま私の手首を捕まえてきて、うんしょと手を開かせる。そして真剣に手相を凝視し始めた。

 この子距離の詰め方おかしくない?

 ていうか自由すぎない……?


「他の子はまだ誰も来てないの?」

「そうみたいだね。まだ二人だけ」


 半裸の小学生と二人きりの部屋で手相を見せている謎すぎる状況。

 他の子早く来ないかな……。

 できればまともな子だと嬉しい。いや、この子以上に変な子はいないだろうからどんな子が来てもまともに感じられそうだが。


「うーん、生命線が長い! これは長生きするね!」

「そ、そうなんだ。とりあえず服着ようか。私も着替えなくちゃいけないし……」

「あ、そうだね。忘れてた」


 あははと笑うと、何が楽しいのかもえはスキップでもともと着替えていた場所へと戻っていく。

 頭がお花畑という表現がこれ程までに似合う人物がこの世に存在したんだなあ、なんて思いながら私はコートをハンガーに掛けた。


「それで、どうだった……?」

「どうだったって何が?」

「何がって占いよ」


 なんだかんだ言っても気になりはする。あれだけ真剣な表情で見てくれていたのだ。


「?」


 しかしもえは首を傾げた。何の話をしているのかまるで分かっていないかのように。


「さっきあなた手相見てくれたでしょう?」

「え、だからみちるちゃんは長生きするよ?」

「それはもう聞いたわ」

「それはよかった!」

「え?」

「え?」


 え?

 あれ、会話ってこんなに難しい事だったっけ?


「わたしは生命線すごく短いから羨ましいなあ」

「そ、そうなんだ……。ところであなたさっき遅刻だって言って走ってなかった?」


 これ以上彼女と占いの話をするのは無謀だと判断して話題を変える。


「見てたんだあ。実は昨日寝坊しないようにって目覚まし時計を二時間進めておいたんだけど、起きたらそれをすっかり忘れててさ。さっき、受付の人に全然遅刻してないですよって言われて初めてそれを思い出したんだよ〜」


 たはは、と笑うもえ。


「寝坊しないように目覚まし時計をいじるのなら、普通時間そのものじゃなくてアラームの方じゃないかしら……?」


 彼女が何をしたかったのかいくら考えても理解が及びそうにない。

 というか着替え終わった彼女の格好は明らかに学校の体操服だ。胸元に大きく『3年2組 日下もえ』と書いてある。

 いくら動きやすい服装でって言われてるにしてもちょっとダサすぎない……?

 いや、見ようによっては可愛いの、かな?。


「あ、そっか! 確かに言われてみればそうだね!」

「言われてみなくてもそうだと思うのだけれど……」


 私は今日のために買ってきた黒い大きなリボンのヘアクリップでハーフアップを作る。鏡を見て整えた髪型はばっちり決まった。


「みちるちゃんって自分に自信があるタイプだ~」


 もえは鏡越しに私の顔をじっとみてくる。


「なんでよ」

「だって、鏡見てにこにこしてたから」

「まあ、もちろん容姿にも自信はあるけれど」


 容姿は生まれ持ってのものも大きいが、それを維持するために努力は欠かさない。だからこそ自信を持つのは自然なことだろう。

 もっとももえのように可愛い系の容姿に憧れることがないといえば嘘にはなるが、それはまた別の話だ。

 こんこん、と扉を叩く音が狭い部屋に響いた。ようやく他の参加者が来てくれたのかと期待したのだが、


「お待たせしました。会場にご案内します」


 どうやらノックは参加者のものではなかったらしい。

 それにしてももうそんな時間か。事前にするべきだったであろう発声練習やら準備体操やらそういったことはまるでできなかった。

 廊下へ出るとスーツ姿の女性が一人で立っていた。


「もしかしてわたしたち二人っきりですか~?」

「いえ、この時間帯は六名ですよ。いかんせん控室が小さいのでみなさん少しでも身体を動かせるように二名ずつで使っていただいているんです」

「そうだったんですか……」


 なるほど、私は五分の一でハズレを引いたわけだ。


「じゃあ運命の出会いだね、みちるちゃん!」


 これが運命の出会いだとしたらおそらく悪い運命だろう。

続きは5月17日20時に上がります。

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