プロローグ
本気で焦がれたことがあった。
本気で夢に見たことがあった。
本気で願ったことがあった。
本気の炎が燃え滾った心は憧れや夢だけで止めることなんてできるわけがなくて、本気で手を伸ばしたことがあった。
本気本気本気本気本気――
数多の本気の積み重ねが、今のわたしを形作っているのだと思う。そしてその果てには何があるのか。
憧れも、夢も、願望も、伸ばした手も、ひとつ残らず本気だった。そうじゃなかったことなんてただのひとつもなかった。だからこそ――
『今日は少しだけ悲しいお知らせがあります……!』
宇宙のように広いドームの中心で、全ての視線はその小さな身体に収束する。彼女がその小さな身体で抱え込んだ人々の想いは一体どれほど膨大なものなのだろうか。私には想像することすら叶わない。
爪が食い込むほど強く握った拳がわなわなと震える。
彼女にとって私なんて無数に振るわれるサイリウムの一本でしかないのだろう。私はいつまで経っても見上げるばかりで、本当に居たい場所には居られない。
「なんでこんなところにいるんだろ……」
私は彼女の立つステージに背を向けた。
『と、そんな悲しいお知らせの前に一曲。雰囲気作りって大切だからねっ!』
悲しい雰囲気を作る気があるのかないのか、にこにこきらきらした頭の悪そうな笑顔。それが視界から消えていく。それだけでどんな世界も極彩色に輝きだすような可憐すぎる表情が心の底から憎たらしい。
邪魔にならないように腰を曲げて人混みを抜け出し入退場口を目指す。
季節は冬の真っ只中だというのに、桜をテーマにした切ないバラードを彼女は歌う。あらゆる荒んだ感情を解いて心を優しく抱くような澄みきった歌声。
ステージに立つ彼女ほどトップアイドルの名が似合う存在を、私は他に一人しか知らない。
「ほんと、嫌い」
彼女のまっすぐ伸びるような声が途切れると曲は間奏に入った。
重たい扉を小さく開き、細く差し込む光に目を眩ませながらもそそくさと外に出る。しんとした廊下と静かな曲ながらも確かに重圧的な音で満たされた会場。その狭間を担う扉は自重で境界を埋めていく。それに伴って会場から漏れる音は細く小さくなっていく。
そのフェードアウトに逆らうように、
『わたしっ! 今年の三月でっ! アイドル卒業しますっ!』
彼女は音が割れるのも気にせず力強くそう叫んだ。
「……は?」
私が振り返った時にはもう扉は完全に閉ざされていた。
数話で完結予定です。