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こちらが蛇行運転を始めたのを見て、背後の車がスピードを上げる。横に並んでそこから銃を撃つつもりなのだろう。
コウはグレネードのレバーをしっかり握ったまま安全ピンを引き抜いた。そして後部座席のドアハンドルに手をかけ、車が近付いてくるのを待つ。
二台の車がほぼ横並びになった。ハンターが助手席から身を乗り出し、リアタイヤに銃を向ける。それと同時にコウはドアを勢いよく開け放った。
タイヤを狙っていたハンターがコウに銃を向ける。そんなハンターにコウはスモークグレネードを全力で投げつけた。
「なっ!?」
グレネードを窓から投げ入れられ、ハンターが驚きの声を上げる。そしてパンと乾いた音と共に、一瞬で車内が煙で充満した。
「おい、何も見えねえぞ! 早くスモークを放り出せ!」
「うるせえ! こっちも何も見えねえんだよ!!」
ハンター達が怒鳴り声をあげながら蛇行運転を始める。やがて視界を奪われた車はそのままガードレールへと派手に突っ込んでいった。
「はいよ。一丁上がり」
ドアを閉めながら、コウは得意げな表情で言った。あまりの手際の良さに、マイクとシェリーはぽかんとした表情でコウを見つめていた。
「す、すげえなお前! あっという間にクソッタレハンター共を処理しやがった!」
マイクが興奮してハンドルをバンバンと叩く。シェリーも眼をキラキラと輝かせながらコウに抱き付いた。
「すごいすごい! アンタ最高ジャン! めっちゃクールジャン!」
はしゃぎまくる兄妹に、コウもまんざらでもない笑みを浮かべる。
「まぁ、あれくらいの奴ならチョロいもんさ。それより――」
コウは引っ付いてくるシェリーを引きはがしながら言葉を続ける。
「さっきの騒ぎでカメラにもマークされたし車のナンバーも押さえられただろう。早めに車を変えた方がいいな」
コウの言葉に、マイクは眉間に皺を寄せる。
「そんなこと言っても、替えの車なんて用意してねえぞ」
「……そうだな。工具は積んでるか? 最悪どっかの駐車場でナンバープレートだけでも取り換えられれば――」
そこまで言って、コウはふと我に返る。元々彼らを裏切るつもりで仲間になったはずなのに、今では完全に仕事をやり遂げるつもりになっていたのだ。
コウは苦笑を浮かべ、小さく首を振る。そろそろ他のハンターにも情報が出回り始める頃合いだ。それにこれ以上彼らと行動を共にすると、変な情がわいて捕まえられなくなってしまうかもしれない。
コウはそう判断し、ポケットからスマホを取り出した。そしてゆっくり口を開いた。
「……車の事だが、俺に当てがある。ちょっと電話させてくれ」
電話をかける相手は勿論レイだ。事情を話し、彼と共に彼ら兄妹を捕まえるつもりなのだ。
「マジか、お前車まで用意できるのか。どんだけ万能野郎なんだよ。神からチートでも授かってんのか?」
「アンタマジ最高ジャン! ねぇねぇ連絡先教えてよ。また一緒に仕事しようヨ!」
「……あぁ、考えておくよ」
なおもはしゃぐ兄妹を尻目に、コウはレイの連作先を呼び出す。そして一瞬躊躇するも、決意したように息を吐くと、通話ボタンに向かって指を伸ばした。
その時、突然スマホから着信音が鳴り響いた。
思わぬタイミングに、コウは小さく驚きの声を上げる。おまけに着信相手は今まさに電話を掛けようとしていたレイだった。
「…………」
あまりにも良すぎるタイミングに、コウは思わず眉間に皺を寄せて唸る。そのまましばらく画面を眺めながら思案するが、やがて諦めたように息を吐き、応答ボタンを押した。
「もしもし?」
『コウ、お前に伝えたい話がある』
「何だよ、突然」
『金になる話だ』
レイは淡々と言葉を続ける。
『ついさっき近くの銀行で強盗があったみたいでな。スポンサーは付いていないが犯罪の一部始終とハンターとのドンパチがカメラに収められているから現行犯として処理出来るぞ。今逃走しているそいつらの車を衛星カメラで追跡中だ』
「……へ、へぇ~、そいつは耳寄りな情報だなぁ」
レイの言葉に、コウはやや引きつった顔で答えた。
「じ、実はそのことで俺もおっさんに伝えときたいことあってさ」
『それを聞く前に、お前に一つ質問がある』
コウの言葉を遮り、レイはやや語気を強めて言った。
『何故お前はその逃走車に乗っている?』
「…………」
コウは固まった表情のままスマホを耳から離し、それをじっと見つめる。そしてしばらくして再びスマホを耳に当てた。
「おっさん、俺のスマホの位置情報、勝手に取得しやがったな」
『質問に答えろ。お前の返答次第ではお前も金に換えるぞ』
「金になる話ってそういうオチかよ」
コウは荒々しく息を吐きながら言葉を続ける。
「別に転職した訳じゃねえよ。こっちもこっちで金にする為に動いてんの。今はちょっと詳しく話せないけど、とりあえず急いで迎えに来てくれ」
コウは兄妹に悟られないよう自分の立場を遠回しに伝えた。レイは小さく相槌を打ったあと、しばし無言になった。微かにキーボードを走らせる音が聞こえてくる。
『現在地から東へまっすぐ。プレナンズというホテルの近くにある立体駐車場に来い』
やがてレイから迎え場所が告げられる。
「あぁ、あそこか。オーケー。場所は分かる」
『車の情報が出回っている。大通りは避けるんだぞ』
「分かってるよ。それじゃあそこで」
コウはそう言って、通話を切った。そしてマイクに目的地の場所を告げた。
そこが終着点であることも知らずに再びはしゃぎ始める兄妹。そんな彼らに、コウは寂しそうに溜息を吐いた。