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行員に案内され、マイクは銀行の奥へと歩いていく。やがてマイクの視界には物々しい巨大な金庫の扉が現れた。行員が壁に設置された端末を操作し、金庫を開く。開かれた扉の奥には鉄格子があり、さらにその奥にロッカータイプの金庫がずらりと並んでいた。
鉄格子も開かれ、マイクは金庫内へとゆっくりと足を踏み入れる。
「圧巻だな」
マイクがポツリと呟く。壁一面を埋め尽くす無数の金庫に、思わず感嘆の声が漏れる。
「……それで全部開けるのかい?」
行員が尋ねてきた。その言葉にマイクは鼻を鳴らしながら答える。
「そんなことしてたら日付が変わっちまうだろうが。開ける金庫は分かってるよ。確か三三〇六」
マイクの言葉に行員の顔が一瞬で青ざめた。口を震わせながら、マイクに尋ねる。
「そ、その番号を一体どこで?」
「おい、誰が余計な質問してもいいって言った? 手前はさっさと開ければいいんだよ」
マイクに促され、行員は指定された金庫を開け、中に収められていたケースを取り出す。そのケースを開くと、小さな銀色のアタッシュケースが姿を現した。
マイクはそのアタッシュケースを手に取ると、そのまま床に置き、片手で暗証番号を素早く合わせた。カチッと小気味よい音と共に、ケースの鍵が外れる。
「ほう、これが五千万相当の金塊か……」
ケースを開いたマイクの口から思わず感嘆の声が漏れる。視界に飛び込んできたのは、まばゆいばかりの黄金の輝きを放つインゴットだった。
「な、何故ケースの番号まで知っているんだ!?」
しばらく見とれていたマイクだったが、行員の言葉に我に返ると、ケースを閉め、それを持ち上げた。
「質問すんなって言ってるのに分からねえ野郎だ。まあいい、目的の物は手に入った。それじゃあ俺はずらからせてもらうぜ。保険屋によろしくな」
そう言うなり、マイクは駆け出した。来た道を戻り、銀行の入口まで向かう。
「ブルー! ピンク! ブツは手に入った。ずらかるぞ!」
フロントオフィスに戻るなり叫ぶマイク。しかしそんなマイクの視界に飛び込んできたのは人質に見守られるなか抱き合っているコウとシェリーだった。
「……なにやってんだお前ら。勝手に感動のフィナーレ始めてんじゃねえぞ」
「あ、おかえり」
シェリーが鼻をすすりながら言った。コウも気まずそうに咳払いしながらシェリーの身体を引きはがす。
「ほら急いで逃げるぞ。やることはやった。あとはプロらしくクールに去るだけだ」
マイクの言葉にコウとシェリーは頷き、早足で外に出る。そして脇目も振らず、車まで一直線に向かった。
「ハハッ、終わってみれば本当にチョロい仕事だったな! あとは目的地まで走るだけだ!」
マイクが運転席に乗り込みながら声を上げた。コウとシェリーも、車に乗り込もうと後部座席の扉を開ける。
その時、背後から甲高いブレーキ音が鳴り響いた。
咄嗟に振り返るコウ。その視界に飛び込んできたのは、大型のバンとちょうどそこから降りてくるガラの悪い男の顔だった。
そして男の手に銃が握られているのを認識し、コウの表情が強張る。
「危ない!」
コウはそう叫ぶなり、隣にいたシェリーを押し倒した。それとほぼ同時に銃声が鳴り響き、車の窓ガラスが砕け散った。
「わぎゃあああああ!!」
突然のことにシェリーが情けない悲鳴を上げた。
コウは銃を抜き、男に向かって引き金を引いた。それに対し、男がバンの後ろに身を隠したのを確認すると、急いでシェリーを抱え起こし、放り込むようにして車に乗せた。
「急いで車を出せ!」
車に乗り込むと同時にコウが叫ぶ。それに答えるように、車が蹴飛ばされたように急発進した。
「チクショウ! なんなんだよアイツ!」
マイクが叫ぶ。背後からは再び銃声が鳴り響き、車のリアガラスが砕け散った。
「うええええん! 死にたくないよぉ!!」
シェリーが泣き出した。完全にパニック状態になっている兄妹を尻目に、コウは銃に弾を装填しながら後ろの様子を伺う。
先程の男の車がこちらを追ってきていた。助手席に銃を撃ってきた男、そして運転席には別の男が乗っている。
「……二人組か。装備からして多分あいつらハンターだな」
「ハンターだと!?」
マイクがバックミラー越しにコウに視線を向ける。
「なんでいきなりハンターが出てくんだよ!」
「さぁな。偶然居合わせただけだと思うが」
「チクショウ! なんてついてねえんだ!」
「落ち着け、俺が何とかするよ」
コウはそう言いながら再び追ってきているハンターの顔を確認する。大手の事務所に所属しているハンターの顔は一通り記憶しているが、二人組の顔には見覚えが無かった。
「大手に手を出すと後が怖いからな」
「なんだって?」
「何でもねえよ。とりあえず蛇行運転をするんだ。タイヤを撃たれるぞ」
「そんなことしたら追いつかれんぞ!」
「そこからが勝負だ」
コウはそう言ってベルトの後ろからスモークグレネードを取り出す。いざという時に備えて、常に一つ持ち歩いているのだ。