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「俺は仕事で人手が必要になった時、普段はツーブロックの男に声を掛ける。何故だか分かるか?」
マイクがミニバンを運転しつつ他愛のない話を続けている。その後部座席で、コウは段ボールとダクトテープを使って顔を隠すためのマスクを作っていた。その隣ではシェリーが九ミリの自動拳銃をガチャガチャと弄り回している。
「ツーブロックってのはイキった営業上がりがよくやってるだろ? そしてそう言う奴は金遣いが荒いし自分のメンテに金を使いまくってるから金に困ってる奴が多い。だから大抵の悪事にはすんなり手を貸してくれるのさ」
マイクの与太話に適当に相槌を打ちつつ、コウは出来上がったマスクを顔に付けてみる。視界は悪いが銃を使う分には問題なさそうだった。
「……ちっ、またカメラが増えてやがるな」
そう言って、マイクがハンドルを切る。周囲に目を配り、監視カメラの無いルートを探っているようだった。
「俺がガキの頃は機械によって仕事が無くなるとか暮らしが楽になるとか言われてたのにな。現実は機械がお絵描きやテーブルゲームで遊んでる傍ら、人間がだらけないように監視してやがる」
「……まぁ、使うのは結局人間だからな。完全に機械任せにはまだまだならないさ」
「そういや、銃は二丁しか支給されてないんだが、お前、武器になるようなもの持ってるか?」
マイクが尋ねてくる。
「無いなら適当にモデルガンでも買ってやるが」
「あぁ、大丈夫だよ。銃くらい持ってる」
コウはそう言って革ジャンを開いてみせる。コウの腰の左右にはホルスターが取り付けられており、そこに普段愛用している八発装填可能な三十八口径リボルバーが納められていた。
「随分良い銃持ってんな。お前、ハンターでもやってたのか?」
「――えっ、いや、なんというか」
いきなり核心を突かれ、コウは思わずしどろもどろになる。そんなコウの様子に、マイクは鼻を鳴らして笑う。
「奇遇だな。実は俺達もハンターやってたんだよ」
「えっ、そうだったのか?」
「そうだヨ! アタシらこれでもバリバリのハンターだったんだから!」
シェリーがふふんと自信満々に胸を張る。それとは対照的にマイクは遠い目をしながらため息を吐いた。
「まぁ、すぐに辞めちまったけどな。巷じゃ『無法の狩人』なんて呼ばれちゃいるが、装備や捕まえ方に制限が多すぎて面倒くせぇ。おまけに捕まえるのにちょっと手間取ったら役所のアホ共が賠償金だ慰謝料だなんだと言ってピンハネしてきやがる」
「ホントそうだよねー。あと良い賞金首の情報は大手事務所の連中が独占してて、アタシらみたいに個人でやってるとこにはショボい情報しか流れてこないし」
「そのくせ大手事務所に所属していることを良いことに、平気で獲物の横取りとかやってくるんだぜ? あぁ、思い出したら腹立ってきたぜ。あの大仏みてぇなツラしたハゲ野郎」
「横暴だー! 既得権益だー! 独占禁止法だー!」
マイクとシェリーの会話に、コウは複雑な表情で唸る。どちらかと言えば自分も情報を独占している大手事務所の人間であるからだ。
「そういや銃が支給されたって言ってたけど、そこまで手厚くカバーしてくれるのか?」
これ以上ハンターの話をされるとボロが出そうなので、コウは話題を変える。マイクは小さく頷いた。
「あぁ。新品の銃二丁と連絡用のスマホを渡されたよ。情報だけじゃなくて装備まで渡してくれる奴は珍しいが、別に無いって訳じゃない」
「新品の銃。あぁ、なるほど……」
コウは感心したように呟き、隣のシェリーを見る。彼女は相変わらず銃を弄り回していた。
おろしたての銃はカドが立っており、部品が上手く動かずジャムなどの動作不良を起こしやすい。その為、車のように慣らしが必要なのだ。彼ら兄妹の実力は分からないが、入念にスライドやハンマーの動作をチェックしている様子から、少なくとも完全な素人という訳でもなさそうだった。
「よし、銀行に着いたぞ。お前ら準備は出来てるか?」
マイクの言葉を受け、コウは窓から外の様子を伺う。道路を挟んだ向こう側に、神殿のような西洋風の造りの銀行が見えた。
「こっちも銃の調整終わったよー」
そう言って、シェリーがマイクに銃を渡す。マイクは銃を受け取りつつ、弾の入ったマガジンをシェリーに手渡し、二人同時に銃に装填した。
「さて、もう一度仕事のおさらいだが――」
マイクが車を路肩に止めて振り返る。
「いいか? 大事なのはスピードだ。銀行員や客に通報されないよう迅速に制圧。そしてブツを迅速に回収して迅速に撤収。ここから先、一秒も時間を無駄にすることなく動くんだ」
「うぅん、何だか緊張してきちゃった。ちょっとトイレ行ってくる」
シェリーはそう言うなり、銃を放って車から降りた。
「おい、待て。何でさっきの店で済ませなかったんだよ!」
「今したくなったんだもん」
小走りでコンビニの方へと向かうシェリー。マイクはその後ろ姿を呆れた顔で見送った。
やがて、すっきりした顔で戻ってきたシェリーにマイクは言った。
「やっと戻って来たか。そうだ、お互いの呼び名を考えておこう。うっかり本名を晒すのは良くないからな」
「アタシピンクがいい!」
シェリーが手を上げて元気いっぱいに言った。
「ん? 色の名前か。悪くねえな。それじゃあ俺はリーダーだからレッドだ。リョウ、お前は何色が良い? やっぱりブラックか? 今なら喧嘩する相手もいないからチャンスだぞ」
「やっぱりって何だよ。適当にブルーとかでいいよ」
「なるほど、俺の相棒ポジションだな! しっかり働けよ!」
マイクはコウの肩をぽんと叩きながら笑顔を浮かべる。そして助手席に置かれたマスクを手に取り、車から降りた。コウとシェリーもマイクに続く。
「よし、行くか、ピンク。ブルー。仕事の時間だ。銃の安全装置は? チャンバーに弾は入ってるか?」
「大丈夫! 完璧!」
「オーケーだ」
「完璧だ。失敗するビジョンが見えねぇ」
三人は互いに向き合い、小さく頷き合う。そして同時にマスクを被った。
「Let's do this!」
そして三人は銀行に乗り込んだ。