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突然見知らぬ男に声を掛けられ、コウは怪訝な顔で男を見上げる。男はニィっと笑いながら言葉を続ける。
「まぁ、そんな警戒すんなよ。腹減ってんだろ? 飯奢ってやるよ。ここのパンケーキは絶品なんだ」
そう言って、男はコウと向かい合う形で腰を下ろした。そして店員を呼ぶなりコウの意見も聞かずにパンケーキを注文した。
「……何なんだあんた?」
コウは不信感を露わにして言った。男は相変わらず笑みを浮かべたまま肩をすくめる。
「とりあえず簡単な自己紹介だ。俺はマイク。あっちは妹のシェリー」
マイクに指差された方に視線を向けると、若い女が不満そうな顔をこちらに向けていた。
「日本語うまいな。帰化人か?」
「三世だ。それでお前さんの名前は?」
「……あぁ、えっと……リョウだ」
マイクの胡散臭さに、コウは思わず偽名を名乗った。
「おう、リョウか。仕事は何やってんだ?」
「……なんで見ず知らずの人間にそんなこと言わないといけないんだ」
「金に困ってるなら助けになれるぜ。お前さんみたいに肝が据わった奴にピッタリな仕事があるんだ」
「何だ、仕事のスカウトか」
マイクの言葉を聞いてコウはため息を吐いた。デモの時もそうだったが、ここ数日、金欠オーラが身体から滲み出ているのか、怪しい斡旋業者によく話しかけられるのだ。
「今朝方にデモの仕事やってきたばかりだ。確かに金には困ってるが、疲れてるから土木とかは出来ねえぞ」
「おい、俺は人夫出し業者じゃねえよ。だいたいそんなピンハネ野郎がこんなこじゃれた喫茶店でスカウトしてる訳ねえだろ」
「じゃあ何の仕事なんだ? 詐欺の受け子でもやれってか?」
コウが尋ねるとマイクはニヤリと笑い、顔を近付けた。
「銀行強盗だ」
「……あー、パス」
「即答だな、おい」
マイクは顔をしかめて、さらにコウに顔を近付ける。
「何が不満なんだよ。半レスのくせに正義感は一丁前か?」
「誰が半分ホームレスだ。ていうかさ――」
コウはため息を吐きながら言葉を続ける。
「こんなところで身元も分からない奴を誘ってる時点で上手くいく訳ねえよ。真面目に働きな」
「早とちりは女神の前髪を見逃すことになるぜ? 誰もお前が鍵開けのスペシャリストだなんて思ってねえよ。俺が欲しいのは見張り役だ。客や店員に睨みを利かせて大人しくさせるだけ。シャブキメてるアホでも務まる簡単な仕事さ。上手くやってくれれば報酬は――百万出そう」
百万という言葉を聞いて、コウの顔が強張る。一瞬視線をさまよわせ、再びマイクに向ける。
「……百万円?」
「あぁ。成功報酬だがな」
「随分と気前が良いんだな? そんなに稼げる見込みがあるのか?」
「あぁ。銀行強盗って言ってもな。盗む物は決まってるんだよ」
そう言って、マイクは今回の強盗についての説明をする。
「――そんな訳で、俺達が盗むのは金塊だけだ。他の物には手を付けねえ」
「……その依頼相手の素性を聞いてもいいか?」
「知らねえよ、そもそも詮索しないのが俺達のルールだ。ただ俺が使ってる仲介屋は基本的に客の質は悪くねえ。おそらく結構デカい組織の奴だろう」
マイクの言葉を聞いて、コウは静かに考え込む。コウの頭の中では様々な思惑が駆け巡っていた。
(……こいつらは俺の事を、仕事も金も無い浮浪者もどきと信じ込んでいる)
コウはバウンティ法の現行犯に関する扱いを思い出していた。
基本的に犯罪者が賞金首になるのはスポンサーによる出資によるものだ。なので現行犯には一円も賞金がかかっていないことになる。だが、そんな犯罪者を無視する事案が相次いだことで、数年前に特別な制度が作られた。それは警察組織から賞状の代わりに金一封が支払われるということだ。
元々ハンターと警察組織の仲はあまり宜しくなかったが、この制度によって両者の溝がさらに深くなったのは言うまでもない。
(現行犯なら割と早い審査で現金化出来たはず。そしてこいつらが襲おうとしてる銀行……)
マイクの話を聞く限り、銀行にあるという金塊には犯罪組織との関わりを感じた。裏社会ではゴールドは資金洗浄用の資産としてよく運用されている。
コウの口元が緩む。
犯罪組織が絡んだ資産は危険ではあるが、言うなれば安易に被害届も出せない資産なのだ。
(現行犯確保による金一封。そして金塊も表沙汰に出来ない物なら、警察に渡す際に少しネコババしてもバレやしない)
そんなことを考えていると、マイクが注文したパンケーキが運ばれてきた。焼きたて特有の温かく甘い香りがコウの鼻腔をくすぐる。
「――それで、お前の返事は?」
マイクの言葉にコウはニヤリと笑い、パンケーキにフォークを突き立てた。
「イエスだ」
その言葉にマイクも同様にニヤリと笑った。