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マイクは同じ姿勢のまま、来客に視線を向け続ける。男はフラフラとした足取りでテーブルに着くと、店員に何かを注文していた。その様子を確認した後、マイクは男から視線を外し、シェリーの方に向ける。
「気にする必要はねえな。ただ飯食いに来ただけみたいだ」
「なぁんだ。もうびっくりするジャン」
シェリーは大きく息を吐いた。その様子に、マイクは鼻を鳴らして笑う。
「シェリー、今からでかい仕事をするんだ。この程度でビビってんじゃねえぞ」
「アタシビビりじゃないもん!」
「そう来なくちゃな。それでこそ俺の妹だ。ほら、パンケーキさっさと食っちまいな。いつまでものんびりしてられねえ」
「オッケイ! でっかいことやるぞぉ!」
シェリーはそう言うと、蜂蜜まみれのパンケーキにかぶりついた。マイクもそれに呼応するかのようにコーヒーを一気にあおる。
しばらくして男の元にお冷が運ばれてきた。マイクは何気なしに再び男に視線を向ける。
男はお冷を上手そうな顔で一気に飲み干すと、すぐ店員におかわりを注文した。そしてテーブル中央に置かれた小さな籠から、包みに入った角砂糖をいくつか手に取ると、それをまるでキャンディの様に次々と口の中に放り込み始めた。
「…………」
マイクが眉をひそめて男を見つめる。男の隣に立つ店員もマイクと同じ顔をしていた。
「……お客様、他にご注文は?」
「ん? あぁ、とりあえず水のおかわりを」
苛立ち気味の店員に、男は飄々とした態度で言った。そして全く悪びれた様子も無く、次々と角砂糖を貪っている。
「……おい、見ろよシェリー。あいつ最悪の乞食野郎だぞ」
マイクの言葉に、シェリーは咀嚼音をさせながら男に視線を向ける。そして一瞬で顔をしかめた。
「……うわぁ、キモイ。あいつ水と砂糖で店に居座るつもりジャン」
「いくら金が無かろうが、人間ああなっちまったらお仕舞いだな」
マイクは憐みのこもった視線を男に向ける。砂糖と水をまるで最高の御馳走かのように味わう男が、滑稽を通り越して悲しく見えてきたのだ。
「……なぁ、シェリー。一つ提案があるんだが――」
「ん? なに?」
しばらくの間沈黙していたマイクだったが、やがて深く息を吐き、険しい表情を浮かべながら口を開いた。
「あいつを今回の作戦に誘ってみるってのはどうだ?」
マイクの言葉にシェリーは一瞬で顔をしかめた。
「え? あのサイテー野郎を?」
「あぁ、そうさ。あの砂糖水がぶ飲みの昆虫野郎をだ」
マイクはチラリと男に視線を向け、そしてシェリーに向き直る。
「まぁ、実はな。二人じゃちょっと厳しいんじゃないかってのは考えてたんだ。そんなにデカい銀行ではないとは言え、警備員もいるし客もいる。俺が金庫に向かってる間、お前一人がそいつらを見張るわけだが――」
「何それ? アタシがしくじるって言いたい訳?」
「そうは言ってねえ。だが、どこにでも英雄になりたがる奴はいる。後先考えずに行動して、明日の紙面を自分の汚い顔で埋め尽くしてやろうって考える奴だ。もしそういう奴が数人いて、一斉にお前に襲い掛かってきたらどうする? お前一人でどうにか出来るか? ポメラニアンに追いかけ回されて泣き出すようなお前が」
「子供の頃の話ジャン!!」
「とにかくだ。見張りがもう一人いれば、馬鹿が馬鹿な行動に出る確率をグッと減らせるって訳だ」
「……言ってることは分かるけどサ」
シェリーは不満そうな顔で男をチラリと見る。
「だからって……あれ?」
「ああいう奴の方がいいんだよ。見るからに金に困ってる様子じゃねえか。百万くらいやれば正義や道徳なんてもの忘れて協力してくれるさ」
マイクは立ち上がり、男の元に歩き始める。男は相も変わらず角砂糖を頬張っていた。そんな男の隣に立ち、マイクは静かに口を開いた。
「よぉ、兄ちゃん。あんた金が欲しくはないか?」