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陽ざし降り注ぐ、気持ちの良い午後。穏やかな陽気に包まれた喫茶店のオープンスペースで、ゆっくり食事をとっている男女の二人組がいた。男の方は、青いアロハシャツに履き古したジーパン。女の方は、袖にボリュームのあるブラウスに花柄のロングスカートといういでたちだ。
「ねえ、マイク。アタシ最近ずっと思ってるんだけどサ」
女の方が、食べかけのパンケーキをフォークでつつきながら、口を開く。
「そうか、シェリー。それじゃあ、これからもずっと思っていろ」
マイクと呼ばれた男は、女――シェリーの言葉を遮ると、ショートケーキにかぶりついた。そのマイクの態度に、シェリーは一瞬言葉を詰まらせ、やがて泣きそうな顔になった。
「お兄ぃちゃん、最近アタシに冷たいよぉ。何で話聞いてくれないのぉ」
泣き出した。顔をしかめ、わんわんと声を上げる。その泣き声にマイクは顔をしかめた。
「ああ、分かった、分かった。聞いてやるよ。泣くな! 何でも言ってみろ! ほら、お前、イチゴ好きだろ。これやるから」
マイクは必死に妹を慰めつつ、自分のケーキに乗っていたイチゴをプレゼントする。
「うん、大好きぃ」
シェリーはにっこりと笑うと、イチゴを自分の口の中に放り込んだ。
「あまぁい」
「おう、そいつは良かったな。これで話は終わりか?」
「終わりじゃないよぉ」
シェリーは顔をしかめ抗議する。そして言葉を続けた。
「やっぱりサ、アタシ達の手取りが三割って少なすぎると思うんだ」
シェリーの言葉に、マイクは呆れたように首を振った。
「おいおい、シェリー。滅多なことを言うもんじゃねえよ。コンクリ抱えて海水浴してえのか?」
シェリーは激しく首を横に振った。
「イヤだ。アタシ泳げないし」
「だろ? 俺だって泳げねえ。いいか? 奴らは話し合いなんて崇高な言葉を知らねぇ。命令し、それに従うか――従わないか――それだけだ。そういう連中なんだよ。薄めたクスリや使い古した女で必死に食いつないでいるその辺のチンピラとは訳が違うんだ。金が欲しけりゃ――黙って奴らに従う。それがルールだ」
マイクはそれだけ言うと、食べかけだったケーキの残りを口に放り込んだ。しかしシェリーはまだ不満そうだった。
「でも、もうちょっと、まともな仕事回してほしいよ。さっき見てきたけど、なんであんな小さい銀行襲うの? 小銭しか置いてなさそう」
「馬鹿、声がでけえよシェリー」
マイクは慌てて、シェリーの口を塞ぎ、そのまま周囲を見渡す。そして周りに人がいないことを確認すると、安堵したように息を吐いた。
「いいか、シェリー。俺達の仕事は、何も札束をかっさらう事じゃねえ」
マイクは互いに息が当たる程に顔を近づけ、小さな声で話し始めた。
「あの銀行はな。見た目は確かに小さいが、奥にはしっかりとした金庫を備え付けてんだ。そして実は今、その金庫には、五千万相当の金塊が眠ってんだよ」
マイクの言葉に、シェリーの目が輝く。マイクは言葉を続ける。
「あの銀行は、なんか組織の上納金を拒否しただとか――まあ、そんな事情があるみたいだが、俺達は従わない奴らが、どうなるかってのを教えてやる役割を担ってるわけだ」
シェリーはうんうんと頷く。
「皆殺しだね!」
「馬鹿、殺す必要はねえ! そもそも抵抗なんかしやしねえよ。他人の金の為に命を懸ける馬鹿なんかいる訳ねえ。銃を向けりゃあ、それだけで金庫の扉は開く。金塊の重さは分からねえが、多分十キロくらいだろ。そいつをかっさらって車でおさらば。あとは組織の奴に金塊渡して報酬三割ゲットだ。それで……えぇっと、いくらだ?」
「千五百万!」
「そうだ、千五百万。さっさと済ませりゃ三十分もかからねえ。行って、盗って、去って、渡して。それだけでがっぽり貰えんだ。悪くねえ話だろ?」
マイクは顔を離し、ニンマリと笑う。それに釣られるように、シェリーも満面の笑みを浮かべる。
「アタシ、欲しい服あるの! あとバッグ!」
「おう、何でも買ってやる。服だろうが車だろうが――」
「あ、そうだ。ネックレス買おうかな。オープンハートの」
「はぁ? 本気か? お前まだあんな小便臭い安物ぶら下げてんのか? おいおい、勘弁してくれよ」
「何でよ! かわいいジャン! こうキラキラハートでぇ」
「そんなに光ってるのが良いなら、豆電球でもぶら下げてな! 全く、お前も、まだまだガキだな」
「ふん! マイクなんか、毎日ほとんど同じ格好ジャン! 何が分かるのサ!」
「シェリー、お前、アロハを馬鹿にすんじゃねえぞ。俺はアロハにはうるさい男なんだ。このアロハなんか、今お前が全身に身に着けている、どの服よりも高いんだからな。一着三万円。クールだろぉ? どうせお前の服なんて三千円くらいだろ」
「うっさい! 確かにセール品だけど元は一万円だい!」
シェリーはむすっとした顔で唸る。その様子を見てマイクはケラケラと笑っていたが、ふとシェリーの背後に視線を向けた瞬間、険しい表情を浮かべた。
「シェリー、誰かいる」
「えっ!?」
シェリーが慌てたように肩を震わせる。マイクの視線の先には、オープンスペースに入ってきた男の姿があった。
「おい、落ち着け」