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「現役バリバリのハンターが何やってんだ」
事務所一階、応接用のテーブルに着く形で、レイは苛立ちを隠さずに尋ねた。向かいには、ばつの悪そうな表情を浮かべたコウが座っている。
「……いやぁ、日当で三千円くれるって言うからさ。おまけに弁当まで付いてくるんだぜ」
悪びれた様子の無いコウに、レイは唸るようにして言った。
「わざわざお前に説明する必要も無いだろうが、一応言っておく。俺の事務所はハンター事務所ランキングでは二位の地位に納まっている。その辺の小さな事務所と違って名前が売れているんだ。その意味が分かるか? 事務所の人間であるお前の顔も知れ渡っているということだ。それなのに顔も隠さずインタビューなど受けやがって。貴様の奇行は事務所の信用にも関わるんだぞ」
レイの言っている事務所ランキングとは、賞金首制度を管理している国際機関が発表している、各国の事務所の売り上げランキングのことだ。そのランキングにおいて、レイとコウの事務所『柏木ハンター事務所』は日本で二位の地位に納まっている。従業員がたった二人しかいない事務所でそんな売り上げを叩きだせる理由は、労基法に中指を立てて糞の塊を投げつけるかのようなブラック労働によるものである。
「あまりふざけたことをやっていると事務所から出ていってもらうぞ」
「あのさ、こっちにも事情があんだよ。ほら、これ見ろよ」
コウはそう言うなり、懐から預金通帳を取り出す。そして中身を開き、レイに見せつける。
「これが俺の預金残高。ほら見ておっさん。分かる? ゼロ円。ゼロ一つ。中国語でリンディエン」
レイは眉間に皺を寄せながら通帳に顔を近付ける。確かにコウの言う通り、彼の預金残高はゼロとなっていた。
「……先月に一千万以上は振り込んだはずだが?」
「先週に中華街を火の海にしたの忘れたのかよ。あれの賠償金で貯金ごと吹き飛んだんだよ」
コウの言葉を受け、レイは一瞬視線をさまよわせ、やがて小さく息を吐いた。
「……あぁ、あれか」
「だいたい街中でロケットランチャーぶっ放してきたのは向こうじゃねえか。何でこっちが賠償金払わないといけないんだよ」
「仕方あるまい。ハンター業とはそういうものだ。それにあれは俺も半分請け負っただろう」
「とにかくそれで俺の貯金がゼロってこと! それが問題! 今日デモ隊から貰った弁当が一日ぶりのまともな食事だったんだぞ! デモに参加したのは金と食事に釣られたのは確かだけど、インタビュー受けてる時のハンターへの憎しみは割とマジな感情入っているぞ!」
コウは語尾を荒げて言った。レイは腕を組み大きくため息を吐く。
「……まぁ、お前の言い分は分かった。だが、次からは何かあったら俺に相談しろ」
「それじゃあさっそく相談するわ。給料の前借りオナシャス」
「うちの事務所は完全歩合制だ。固定給が存在しない以上、給料の前借りも出来ん」
「じゃあ金貸してくれ」
「金銭の貸し借りはトラブルの元にしかならんから禁止だ」
「死ね」
「明日までに手頃な賞金首を抑えておく。そしてそいつの分を早めに振り込んでやるよ。これで話は終わりだ」
レイはそう言って、すっと立ち上がる。コウは不満そうに唸るが、レイは全く意に返さずそのまま二階へと上がっていった。
「…………」
コウはため息を吐きながら懐から三枚の千円札を取り出す。これが現在の全財産だ。
賞金首は捕まえてもすぐに現金化出来る訳ではない。本人確認の為の鑑定やら審査やらの手続きが入り、最短でも一週間は掛かるのだ。なので来週までこの三千円で乗り切らなくてはならない。
「……一日に使えるのが四百円ちょっとか。まぁ、無一文よりはマシか」
金を懐に仕舞い、ゆっくりと立ち上がる。
「どっか適当なところで時間を潰すか」
コウは軽く背伸びをしながらそう呟いた。レイに呼び出されたので事務所に来たが、本来今日は休みなのだ。
事務所の扉を開き、外に出る。そして特に目的も無く、ぶらぶらと歩き始めた。