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コウが振り返るとスーツの男がこちらに右手を突き出してきていた。その手には縫い針のような小さな針が握られているのが見える。
コウは咄嗟にジャケットの裾をつかんで相手の右手を覆うように翻した。そして針がジャケットを貫いたのを確認し、そのまま裾を相手の手首に巻き付けるようにして回す。衣服を使った簡易的な拘束術だ。
「チッ!」
スーツの男は舌打ちをしつつ、空いた左手を自分の腰の後ろに回す。その動きに反応し、コウは相手の拘束を解き、一旦離れる。相手が取り出したのはアイスピックだった。おそらくあれにも毒が塗ってあるのだろう。
コウは自分のジャケットに刺さったままの小さな針を慎重に引き抜き、地面に置く。そして脱いだジャケットをくるくると回し、細長い状態にして両手に持った。
間合いを図るように、互いにじりじりと近付く。相手のいかなる動きにも対応できるよう神経を尖らせる。
その時、突然銃声が鳴り響いた。いきなりのことに、コウとスーツの男はどちらも驚いた顔で音の方に顔を向ける。
「さぁさぁ、周りの野次馬ども! ハンター様の大捕り物の時間だぜぇ! バズる動画を撮るチャンスだぁ!」
コウの視線の先で、マイクが上空に銃を向けながら高らかに叫んでいた。その突拍子も無い行動に、コウは口をぽかんと開けた状態で固まる。
「どうりゃあああああああああああああ!!」
さらに間髪入れずに謎の奇声が響き渡る。コウが正面に向き直ると、シェリーがスーツの男の背中に飛び蹴りを喰らわせているところだった。
「ナイス!」
コウは声を上げながら駆け出す。そして蹴りを喰らったことで前のめりになったスーツの男に近付くと、アイスピックを持った左手をつかみ、一瞬で捻り上げた。そこから間髪入れずに相手の顎に裏拳を叩き込む。脳を揺さぶられたことで、スーツの男は小さな呻き声と共に、膝から崩れ落ちた。
コウはスーツの男をうつ伏せに寝かせると、結束バンドを取り出し両手を拘束した。
「……マジでビビったぜ」
コウはそう呟き、大きく息を吐く。大捕り物が終わったのを察知したのか、周りの通行人から拍手が巻き起こった。
「これで銀行での借りは返したからネ!」
コウが顔を上げると、シェリーが腰に手を当て、満足気な顔でこちらを見下ろしていた。
「こんなアイスピック程度で怖がるなんて、意外にビビりだねぇ~」
シェリーがアイスピックを拾い上げ、ふふんと鼻を鳴らす。
「……それ毒塗ってあるから気を付けろよ」
「は? ヒィッ、毒!?」
シェリーが慌ててアイスピックを手放す。その様子を見て、マイクがケラケラと声を上げて笑っていた。
「俺達を無視してやり合うとは舐められたもんだぜ。チンピラはいつでも始末できるってか?」
「あぁ、助かったよ。いい不意打ちだった」
「ハンター時代にもよく使った手だ。視線誘導も出来るし野次馬も散らせる」
「実際俺一人じゃ無傷で拘束できたかどうか――」
そこまで言って、コウはもう一人の殺し屋の事を思い出す。
「そうだ、おっさんのほうは!?」
コウがそう言って顔を上げると、返事とばかりに店のウインドウを突き破ってスーツの男が外に投げ出された。周囲から悲鳴が響き渡る中、涼しい顔をしたレイがこちらに顔を向けていた。
『仕舞いだ』
インカムからレイの声が響く。その様子に、コウは呆れたようにため息を吐いた。
「その店の修理代おっさんが払えよ?」