15
『この大間抜け野郎』
電話に出るなり、サンドロの罵声が飛び込んできた。
「……いきなりご挨拶だな」
レイが呆れた声で言った。
「何の用だ?」
『一つ確認だ。今、手前の周りには誰もいないな?』
「……あぁ、一人だが、それがどうした?」
レイの言葉に、サンドロは一呼吸おいて言った。
『手前のところに殺し屋が向かっている』
「……どういうことだ?」
レイが険しい声で尋ねると、サンドロは鼻を鳴らしながら言った。
『計画が漏れてるんだよ。金塊の回収人を捕まえる計画がな』
「何だと?」
『それで今、奴の子飼いの殺し屋がそっちに向かっている。黙っていても良かったんだが、手前には借りがあったからな。これで貸し借りは無しだ』
「俺とお前の計画はどうなる?」
『まぁ、俺の部下じゃ無いからな。計画を遂行したければ好きにしろ。どっちが俺の元に運ばれてくるか楽しみにしてるぜ』
サンドロはゲラゲラと笑いながら言った。レイは顎に手をやり、険しい表情を浮かべる。
「……サンドロ、一つ質問だが――」
しばらくして、レイが唸るようにして言った。
『何だ?』
「おかしくないか?」
『あ? 何言ってやがる? 泣き言か?』
「違う。お前の話に矛盾があるという事だ。お前が言った“奴”についてだが、何故、お前は奴が殺し屋を動かしたことを把握している?」
レイの言葉にサンドロは沈黙する。レイは相手の返事を待たず、言葉を続ける。
「もし俺とお前の計画が漏れているならば、子飼いの部下など動かさん。お前は金庫番だ。武器や移動手段の調達など、組織の人間を動かせば必ずその情報が入ってくる。ここまで綿密に計画を立ててお前に反旗を翻そうとしている奴が、こんな雑な動きをするはずがない」
レイがそこまで言うと、サンドロはククッと声を上げて笑い出した。
『腹立たしいほどに頭がキレる奴だ』
サンドロの唸り声のような笑い声が大きくなる。
『あぁ、ネタバレしてやるよ。計画が漏れているというのは本当だ。だが完全に漏れてる訳じゃない。どういう訳か、奴は計画の事は把握しているが、それが俺とお前の計画だとは認識していない。だから分かりやすく派手に動きやがったんだ』
「計画だけが漏れている……?」
レイがしばらく考え、やがて原因に思い当たり小さく唸る。
「あのスマホ――スパイアプリか……!」
レイは兄妹が渡されたという連絡用のスマホのことを思い出した。兄妹の近くではサンドロの事は話していないからだ。
『ハッ、間抜けが』
「……初めに俺が一人か確認した辺り、お前も把握していたな?」
『ああそうだ。俺がお前らと連絡を取りあっていると知ったら、奴はすぐに身を隠すだろう』
「その口ぶりだと強盗犯の身柄はもう必要なさそうだな」
『分かりやすく殺し屋を動かしてくれたからな。その状況証拠だけで十分だ』
「……殺し屋の情報について聞いてもいいか?」
レイが絞り出すようにして言った。その言葉にサンドロはゲラゲラと笑いながら答えた。
『教えてほしいのか?』
「金塊がいらないというなら構わんが」
『糞野郎が。いいだろう教えてやる』
サンドロは舌打ちしながら言葉を続ける。
『殺し屋は二人組の男だ。得物は毒を塗った小さな針。暗殺を得意とし、銃やナイフといった分かりやすい武器は使わない』
「……なるほど、人混みから襲うにピッタリだな」
『この情報は貸しだぞ』
サンドロの下卑た笑い声が響く。
「……あぁ、すぐに返すよ」
レイはそれだけ言うと通話を切った。そしてスマホを仕舞いながらコウに視線を向ける。
「コウ」
『あぁ、聞いてた』
コウがこちらに顔を向け、頷くのが見えた。
「急いでこの場から離れるぞ。こんな人混みの中では殺し屋に対処できん」
『そうだな。とりあえず車まで移動する?』
「あぁ。一旦退いて向こうの出かたを――」
そこまで言って、レイは言葉を失う。レイの視線の先――コウの背後から近付くスーツの男が視界に入ったからだ。
「コウ!!」
『おっさん!!』
レイと同様にインカムからコウの声が響く。コウが険しい表情をレイに向けていた。
「『後ろだ!!』」
二人は同時に叫ぶ。そしてその声を合図にするように勢いよく振り返った。