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レイの言葉に、その場が一瞬で静まり返る。コウが眉をひそめて視線を下ろすと、マイクが困惑した表情でレイを見つめていた。
「……おい、お前今何て言った?」
マイクが絞り出すように言った。
「俺がサンドロの部下を殺しただと?」
「あぁ」
レイが頷きながら言葉を続ける。
「銀行の店長だよ。金庫室で彼を撃ち殺しただろ? 九ミリ拳銃で頭に一発と報道も出ている」
「何言ってんだ手前! 俺が殺しなんかするわけねえだろ! ハンター時代から無闇に人を傷つけねえが俺達のモットーだぞ!」
マイクは怒りをあらわに言った。レイが眉をひそめてマイクに視線を向けると、マイクも負けじとレイを睨み返す。
「俺の言葉が信用できねえのか、すかしっぺ野郎! あ、あぁ、そうだ。車にある俺達の銃を調べてみろ。残り弾数で俺達が無実だって分かるだろ!」
マイクがじたばたともがきながら言った。彼の言葉を受け、レイは彼の車を調べる。そして二丁の九ミリ自動拳銃を手に取った。
「予備弾倉は無しか?」
「あぁ、それで全部だ。他に弾はねえ!」
「一発発射されてるぞ?」
「……え、あぁ、それ天井を撃ったやつだ。それ以外撃ってねえよ」
レイは訝し気な表情でコウを見る。コウは小さく頷きながら口を開いた。
「あぁ、マイクの言葉は本当だ。金庫室から銃声は聞こえなかった」
コウの言葉に、レイは顎に手をやり、目を細める。
「マイクと言ったな。一つ質問がある」
「ん、おぉ、なんだ?」
「お前、金庫室で何をした?」
「は? どういう意味だ?」
「金庫室で何かおかしな行動を取らなかったか? 例えば店長に依頼者の情報を漏らすような」
レイの質問に、マイクは眉をひそめる。
「……別にそんな軽率なことはしてねえよ。あの時やったことは金庫からケースを取り出して、ケースの中身を確認して――」
「待て」
レイはマイクの言葉を遮り、ますます目を細めた。
「お前、ケースの暗証番号を知っているのか?」
「え? あぁ、まあな。依頼者から伝えられてたからな」
「…………」
レイはしばし無言のまま考え込む。兄妹とケースに何度も視線を動かし、やがてポツリと呟いた。
「そういうことか」
「どういうことだよ」
コウは思わず突っ込む。
「一人で盛り上がってるとこ悪いけど、ちゃんと説明してくれ」
「この情報は金になるということだ」
レイは口元をニヤリと歪ませながら言った。そしてポケットからスマホを取り出すと、兄妹から距離を取るように歩き始めた。指を動かし、コウに近くに来るよう促す。
「……おっさん、何?」
「今からする話は出来ればあの兄妹には聞かせたくない」
「何で?」
「俺達がサンドロと繋がりがあることはあまり公にしたくないからな」
レイはスマホを操作しながら言葉を続ける。
「とりあえずあいつらの話を聞いて全体像が見えてきた。こいつは随分と手の込んだ企みだ」
「……分かるように説明してくれよ」
コウの言葉にレイは頷く。
「まず依頼主の正体だ。これはケースの暗証番号を知っているという点でかなり絞られる」
「どうして?」
「あのサンドロのことだ。そういった情報の管理には細心の注意を払っているはずだ。もし漏れているとしたら俺がその情報を把握していないのもおかしい」
「随分な自信だこと」
「そして仮に敵対組織がこの情報をつかんだとして、質の分からん便利屋など利用せん。逮捕や持ち逃げの危険性があるからだ。確実に仕事をこなせるもっとマシな奴らを用意するだろう。つまりこの依頼主の目的は金塊ではなく、金塊が盗まれたというスキャンダルということだ」
「……てことは、依頼者はサンドロの身内?」
「そういうことだ」
レイの言葉にコウは呆れたようにため息を吐いた。
「内部抗争かよ」
「仲介を挟んで外部の人間を使う慎重さ。線条痕の違いが少ない新品の銃を用意する周到さ。黒幕は相当用心深い人物のようだな。だが用心深いゆえに、ケースの中身を確認させる為に番号を渡したのが仇になった」
「……それでおっさん、これがどう金になんの?」
「この情報をサンドロに換金してもらうのさ。今回はあの兄妹の命という形でだが」
自信気に言うレイに、コウは不安そうに顔をしかめる。
「大丈夫か? 別に俺達とサンドロは仲良く取引し合う仲じゃないだろ?」
コウの言葉はもっともだった。彼らは以前、サンドロの溺愛する息子を刑務所送りにし、さらにサンドロを脅迫して金を巻き上げたことがあるのだ。
「心配するな、コウ。奴は感情と損得は別にして考えられる男だ。例え敵対組織の人間からの情報でも無下にするようなことはしまい」
レイはそう言って電話の発信ボタンを押した。コウは会話を聞こうとレイに顔をくっつけるようにして耳をそばたてる。
数回のコール音。やがてそれが途切れ、受話口の奥からしがれた声が聞こえてきた。
『――誰だ?』
「久しぶりだな、サンドロ」
レイが淡々とした言葉で応答する。