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空調の微かな稼働音と、規則正しいタイピング音が鳴り響く薄暗い室内。壁には隙間なく無数のモニターが備え付けられ、そこには様々な映像や文字が流れている。
「……ふぅ」
情報の濁流をひたすら観察していたレイは、疲れを吐き出すように息を吐いた。軽く首を回しながらパソコンチェアに深くもたれかかる。
レイが今いる場所は、事務所二階に設置されたパソコンルームだ。室内はサーバー冷却用の冷風で満たされているため、いつもの黒いタートルネックにベージュの綿パン。そして上から厚手のレザーコートを羽織っている。
『帰宅中の男性が正義の味方を名乗る集団に暴行される事件が相次ぎ、警察では何らかのテロ組織と見て捜査しています』
『都内の女子高に四十代の男性が女装して侵入する事件が発生しました。男は自分の心は女子高生であると主張し、容疑を否認しています』
『性的少数者にロリコンも加えようの会の代表が児童ポルノ単純所持の疑いで逮捕されました』
モニターから流れるニュース映像を適当に聞き流しながら、再びキーボードに指を走らせる。
情報屋からのメール。スポンサーからの新たな賞金首の発表。賞金首の情報独占権の購入。
情報は生ものだ。新鮮な物がより好まれ、莫大な価値を生む。それゆえ、情報の取得には手間を惜しまずに当たらなければならない。
『――先日の事件を受け、街では賞金首制度に対する反対のデモ活動が行われております』
モニターから流れるアナウンサーの声に、レイのキーボードを叩く手が止まる。首を傾げるようにしてモニターに顔を向けると、そこにはデモ活動の様子が映し出されていた。
おそらく三十人はいるだろうか。それぞれ『賞金首制度反対!』『ハンターは犯罪者!』等と書かれたプラカードを持ち、街中を練り歩いていた。
治安の悪化に伴い生まれた、時代錯誤な賞金首制度――バウンティ法。
スポンサー企業は広告代わりに犯罪者達の首に賞金を懸け、銃と殺しのライセンスを持った賞金稼ぎ――通称ハンターがそれを狩り取る。かくいうレイもそんなハンターの一人だ。
ハンターの立場としては市民の味方のはずなのだが、犯罪者を捕らえる為ならどんな手段も許されるという強い権利を持つが故、市民とのトラブルは非常に多い。
「…………」
デモの様子を見ていたレイは、疲れたようにため息を吐く。ハンターが正義の味方などとは微塵も思っていない。だが、時には命のやり取りを行うほどの危険な仕事を、真っ向から否定されるのは言いようのない疲れを感じるものだ。
『それではデモをしている方々にインタビューしたいと思います』
リポーターがデモ隊に近付いていく。そして先頭に立つ男性にマイクを向けた。
『えぇ、ほんとハンターっては頭のおかしい奴ばっかりなんですよ』
「…………」
カメラに向かって話す男性の言葉に、レイの眉根が寄せられる。
その男はグレーのインナーに革ジャン、そして紺のカーゴパンツといった格好だった。プラカードを肩に担ぎ、堂々とした態度でインタビューに答えるその顔には見覚えがあった。
それは紛れもなく――相棒のコウの顔だった。