老櫻
桜の木の下には死体が埋まっているなどという話は、あながち嘘ではない。
なぜなら私の足元には3人の死体が埋まっているのだから。
だが3人とも誰かを恨んだり、幽霊になって化けたりなどしない。
誰も悪い者なんておらんのだ。
そう。ただ時代が悪かっただけだ。
まだ私が若かったころの話だ。
村には幼なじみの若者と娘がおった。
2人はとても仲が良く、娘が腹を減らしておれば若者は自分が飢えていても食いものを与え、若者の具合が悪いとなると娘は寝ずに看病したものだ。
村のものはみんな夫婦になると信じて疑わんかった。
ところが年頃になった娘をたまたま通りかかった領主が見かけ、めかけになるよう言い付けたのだった。
娘はもちろん親もどうか見逃して欲しいと嘆願すると、ならば土地を取り上げ村の税を倍にするという領主の言葉に逆らえず、泣く泣く従わざるをえなかった。
領主のめかけなら3年もすれば飽きられて里へ帰される。若者と娘はその日まで耐えしのごうと誓い合った。
娘が連れて行かれたその日から、若者は暑い夏の日も、凍える冬の日も、朝から晩まで何かに憑かれたように働いた。
そうして3年はあっと言う間に過ぎた。
だが、娘は帰ってこなかった。
3年でなく、5年待てばええ。それならあとたった2年だ。
村のものはそう言って若者を励ました。
さらに2年たったが、やはり娘は帰らんかった。
「領主のもとで贅沢な暮らしを知って戻る気を無くしたんだ」
村人たちはそうささやきあった。
村のものは若者に、もうあの娘のことはあきらめて、村の誰かと夫婦にならんかと誘ったが、若者は決して首をタテには振らんかった。
ある晩のこと、私の足元に若者がやってきて座り込んだ。
これまで人前では決して見せることのなかった涙を流し、村のものが言うとおり、娘が心変わりしてしもうたのかと、一晩中膝を抱えておった。
ところが、朝になっても若者は起きなかった。
働き続け、最後の気持ちの糸が切れてしもうた若者は、とうとうそのまま死んでしまったのだ。
村のものはたいそう気の毒に思い、墓場よりも私の足元に葬った方が供養になると、そのままこの場所に若者を埋めた。
ところが、娘が連れて行かれてから6年目の春のこと、村にあの娘が帰ってきたのだった。
聞けば、連れて行かれた次の年に領主のお世継ぎが生まれたため、5つになるまでめかけではなく乳母として奉公させられていたという。
そして若者が死ぬまで待っていたことを知り、心から嘆き悲しんだ。
娘は若者のあとを追おうと私の枝で首を吊ろうとしたが、私は大切な枝を折って止めた。そんなことは私も、そして若者も決して許さない。
だが、娘は目を離したすきに村の貯め池に入水してしまった。
せめてあの世で2人が結ばれるようにと、村のものは娘も私の足元に葬ったのだった。
だから今でも私の足元には、2人の亡きがらが埋まっている。
それよりも、最初に私は3人が埋まっていると言ったではないかと思っているだろう。
そう。葬られたのは2人だが、娘の腹の中にはもう一人、赤子がいたのだ。
もし娘の言ったとおり、お世継ぎが5つになるまで乳母として奉公していたのなら、この赤子はいったい誰の子だったのだろうか。
私に知るよしもなく、まして若者であれば娘の子なら誰の子とて関係ないだろう。
今はもう、あの世で親子3人、仲よく暮らしておるに違いない。
私が樹としての寿命をはるかに過ぎていながらも、こうして毎年、花を咲かせることができるのがその証拠だ。
私が生きている限り、毎年3人のために精一杯、満開の花をたむけてやろうと思っている。




