命つなぐ
人喰いの化け物が出る。
聞き伝えにやってきた拙者を、村人は贅沢な食と酒で歓迎してくれた。
武芸を極めるため全国を行脚しながら、困っておる村を聞きつけて手を貸し、その謝礼でまた旅を続けるとは聞こえはいいが、常に腹を減らしておる拙者には身に余る歓迎ぶりである。
なんでもこの村の森には昔から化け物が住み着いており、そこを通る老人や幼い子供ばかりを狙って取って喰うということだ。
「ううむ。なんと卑怯な」
いきどおる拙者に、村人たちはうなずく。
「化け物はおおよそ三か月に一人、人間を襲います。
昔はもっと数多くの化け物がいたそうですが、それでも毎年、四人は喰われてしまうのです」
若い村長
むらおさ
の徳五郎が言った。
ここでは年寄りになると化け物に喰われてしまうため、この若さで長になるという。
「今がその三か月に当たります。本当は村の者が何とかすべきことですが……」
「良い。そちたちは土地を守る民。拙者はその民を守るための武芸者だ。年は取っても腕は衰えておらぬ。
それどころか化け物をおびき出すにはちょうど良い。明日にでも退治してくれようぞ」
声を落とす徳五郎の肩に手を置くと顔に明るさが戻り、村人にも笑顔がこぼれた。
よほど嬉しかったのだろう、なおもと酒や馳走を勧められたが、明日に備えて早々に休むという拙者に用意された部屋へも遅くまで騒ぎが聞こえていた。
翌日の早朝、厠へ向かう拙者を壁に半身を隠してうかがう童
わらべ
の姿が目に入った。
「これ童、拙者がめずらしいか」問いかけると童はうなずく。
「心配せずとも良い。拙者はこの村を苦しめる化け物を退治しにきただけだ」
安心したのか童はおずおずと近寄る。
まだあどけなく、みすぼらしい着物を着ているが、その表情には凛としたものを感じた。
「お武家様、強いのか?」
「うむ。拙者は古伝伐刀流免許皆伝を修めた後、こうやって武者修行をかねて全国を行脚しておるが、名人、達人と呼ばれる者たちとの百に及ぶ勝負、また、物の怪や化け物の退治において一度たりとも遅れをとったことがない。
年寄りに見えたとて見くびるでないぞ」
すると童は「そう……」とつぶやきうつむく。
「そちも親しき者を喰われてしもうたか?」
すると童は目に涙をためてうなずきかけたが、すぐに強く首を振る。
この童は家族を喰われたのだ。しかしその悲しみを見せまいとしておる。
先ほど感じた凛とした表情は、この気丈さの表れであろう。
「悲しみを見せるのは弱いことではない。失った者を悼むのは誰しも同じこと。
だが、心まで弱らせてしまってはならぬ。
死んでいった者たちも己が死で残された者を悲しみの淵へ落としたとあらば、浮かばれぬからな」
拙者の言うことが分かるにはまだ早かろうが、それでも童は顔を上げる。
「モ……化け物は退治しなくちゃならないの?」
童の言葉に拙者は胸を打たれた。
家族を喰われ、村の者が喰われているというのに、この童は化け物の身を案じるというのか。
「そちの名は何と申す?」
「惣吉」
「惣吉よ、ぬしは家族を喰われた時、悲しかったであろう?」
惣吉は強くうなずく。
「その悲しみを繰り返さぬためにも、化け物は退治せねばならぬのだ。
この村のためにも拙者は今日、必ずや退治してみせよう」
しかし惣吉はまたうつむいて「そう……」とつぶやき走って行ってしまった。
厠をすませ、昨夜歓迎を受けた広間に向かうと、騒ぎの後は片付けられ、徳五郎が朝飯の支度ができるのを待っておった。
「ゆっくりお休みになられましたか?
夕べは村の者が羽目を外して騒いだため、寝付けなかったのではありますまいか?」
「なに、喜びの前祝いと思えばどうと言うこともあるまい。
ところで、先ほど惣吉と申す童に会ったのだが」尋ねると彼は表情を曇らせる。
「あれは不憫な子です……」徳五郎は話し始める。
惣吉はこの村の者ではない。生まれた村は野盗に襲われ本当の親は殺され、一人生き残り、野たれ死にかけていた惣吉は通りかかった留吉という男に拾われたのだという。
留吉は昔、幼い息子が化け物に喰われたことがあり、面影を重ねたのだろう。惣吉を実の子として育てることにした。
だがせっかくの出会いから一年後。
昨年の秋、留吉が化け物に喰われ惣吉はまた天涯孤独の身となってしまった。
今は徳五郎の屋敷に暮らしているが、ふさぎ込むことが多いという。
「そうであったか。拙者には非常に聡明な童に見えたのだが」
「ええとても。同い年の者より飲み込みが早く、留吉もいい跡継ぎができたと喜んでおりましたが……」
そこへ朝飯が運ばれてきた。
麦飯に椀物、川魚を焼いたものまでついておる。
「昨夜に続きこのような贅沢な食事を……」
見ると、徳五郎の膳には稗
ひえ
の粥と大根葉の漬物、それに白湯が用意されておった。
村長でさえこのような食事とは。ならば拙者の馳走はよほど無理をしてのことであろう。
「この村を救っていただけるお武家様に、この程度のお返ししかできず心苦しく思っております」
「心遣い悼みいる。されどこれから真剣勝負に向かうゆえ、腹が満たされておっては存分に刀を振るえぬ。
恐縮ながらこの馳走は下げてくだされ」
丁重に断り、化け物を退治してから馳走していただきたいと申し出ると、徳五郎は喜んで承知した。
「昼までには戻ろう」と告げ、拙者は出かける用意を始めた。
支度を整えて玄関まで出ると、徳五郎をはじめ家の者たちが総出で見送りにきておる。
門をくぐると女子供まで村人が集まり、期待に満ちた目で拙者を出迎えた。
よほど化け物に苦しめられていたのであろう。だがそれも今日まで。必ずや拙者が化け物を討ち取ってくれようぞ。
森へと続く道を進んでいると、道の端に地蔵が祀られておったため、村人の安全と惣吉の平穏を願う。
森は鬱蒼として暗く。化け物が住むにはちょうど良い。
森の奥からは、確かに拙者をじっと見つめる、人ならぬものの気配を感じる。
「逃げも隠れもせぬ! 村人をとって喰う化け物! 拙者と勝負いたせ!」
大声で呼んだが、拙者を襲うどころか殺気すら感じない。
さらに半刻待ったがいっこうに姿を現さぬ。
「いつまでもそうやって見ておらず、出てくるが良い!」
業を煮やし、視線の主の方角に向かって叫ぶと、木々をかき分けながら恐ろしい姿をした化け物がのそりのそりと現れる。
頭に生えた何本もの角、ぎらつく赤い眼孔、口は耳まで裂け鋭い牙が見える。
全身が黄色と黒の剛毛に覆われる様は大陸の虎のごとく、太い手足はまるで熊であった。
「化け物め」
刀を抜いて構えると、何としたことか、化け物は拙者の前にドッカと腰をおろした。
「おとなしく斬られるつもりか?」
「おメエど戦えば、オデはおっぢぬ。オデがおっぢぬど、村が困る。だから、戦わねし、斬られね」
化け物は頭を掻きながら人の言葉を話した。
「村が困るだと?」
化け物の話など聞いてはならぬが、こやつからはこれまで出逢った化け物と違い、たぶらかそうという気配がない。
「ごの村ば、食いもんが少ぐね。
んだども、子がだぐざん産まれ、年寄りば長生ぎずる。
ほっどぐど、村びどが、増えずぎる。
増えるど、食いもんが、足んなぐなる」
「勝手を申すな! その村人を貴様が取って喰っておるのであろうが!」
「若ぐて働げるヤツば、喰わね。
幼いが、流行り病に罹っで助がらね子選んで喰う。
んなら他の子、流行り病にうづらね」
納得したわけではないが、化け物の話が本当であれば、少なくとも村を守る一助にもなっておるというわけか?
いや、たぶらかされてならない。それこそ化け物の思うつぼだ。
これ以上は耳を貸さず、刀を構え直した。
「待って!」森の中から声が響いた。
「モラリの言ってること間違いないんだ!」
飛び出してきたのは惣吉であった。
彼は化け物の前に両手を開いて立ちふさがる。
「モラリとは、この化け物のことか?」
「そう……森と村を守ってるから。モラリがいないと村は立ちいけなくなる」
「うむ?」
惣吉の聡明なことは徳五郎の話からも承知しておる。
自分を拾い育てた留吉が喰われたことは悲しいと言った。
その上でなお化け物を守るには、深い訳でもあるのだろう。
刀を鞘に納め、その場に座り惣吉にも座るよううながすと、化け物の足もとに腰をおろした。
「昨夜と今朝、お武家様にうまい飯食わせようとしたのは、村の者の代わりにお武家様がモラリに喰われるのを期待してのことだ」惣吉は話し始める。
「最後にうまいもの食わせるのが、村の者にとっての慰めなんだ。
これまでそうやって何人もモラリの生け贄にしてきた。
それでも足りなくて、幼い子供が喰われるよりいいからと、村の者はみんなで年くった者をす巻きにして森に捨てくるんだ。
留吉のおとう……本当はよそ者のオラが捨てられるはずだったのを、おとうが身代わりになってくれたんだ」
「そうであったか」
言われてみれば、徳五郎や村の者たちが拙者を送り出すときの視線はなにがしかの期待に満ちておった。
「オラ、おとうの仇をとろうと森に入って、モラリに会ったんだ。
だけど、ひと目見たとたん腰が抜けて、喰われると思ったんだけど、オラは病じゃねえし大人になれば村の働き手になるから喰わねえって……それでオラ、どうして村の者を喰うのか聞いてみたんだ。
おとうが身代わりにされたのは悔しいし悲しいけど、村の者はこれまでそうやって生きてきたんだ。
徳五郎でさえ自分が年くったら喰われるつもりでいる。
だからオラは誰も恨めねえ……」
歯を食いしばり、涙とヨダレ、鼻水を垂れ流しながら汚れた着物でゴシゴシぬぐう惣吉に近寄って強く抱きしめた。
「惣吉よ、ぬしは立派だ。ぬしは強い。拙者がこれまで旅をして出会ったいかなる名人、達人よりもはるかに心が強いぞ!」
拙者は惣吉とともに森を出た。
むろん化け物、モラリを退治などしておらぬ。
あの村はモラリがおることで成り立っておるのだ。
だがそれもいつまで続くかは定かではない。
「……昔ば、だぐざんおっだオデの仲間も、今ば、オデ一人だ。
オデがおっぢねば、村どの関わりは、おじまいだ……」
モラリはそう言い残して森の奥へと帰っていった。
「拙者が戻らねば、徳五郎は思惑どおり喰われたと思うだろう、だが、ぬしは構わぬのか?
たとえ留吉の遺恨があるにせよ、村におれば食うに困らぬだろう」
かたわらを歩く惣吉に尋ねると、強く首を振った。
「剣の道は厳しい。だが、それより腹が減るのはもっと苦しいのだぞ」
「オラは、食うより喰われるつらさを知ってる」
拙者を見上げて笑う惣吉の目に迷いはない。
だがしかし、惣吉には剣は教えようとは思わぬ。
武芸を究めることとは、真剣勝負の人殺しの道だ。
修行の名の下に多くの武芸者たちを喰らってきた拙者は、モラリとなんら変わらぬのではなかったか。
いまさら引き返せぬこの道の罪滅ぼしと言うにはおこがましいが、老い先短い人生の残り、惣吉を食わせることに費やしても惜しくなかろう。




