家宝だからな
今日はとにかく、ものスゴク寒い。
思い切って鍋にしようかな。
上の棚にしまってあった鍋を出して水を張り、タワシで丁寧に洗っていると顔の横に身長5cmくらいのおばさんが現れる。
「おばさんって失礼だね。これから鍋を作ろうって時に、あたしがいないとどうするってのさ!?」
鍋にしようって決めたときから分かってた。
「はあ、まったく。すっかりやさぐれちまって。
小さい時はあたしにあんなに懐いてたってのに」
「何年前の話だよ!?」
このおばさんは鍋の精だ。
別に珍しいものじゃない。テレビにはテレビの精。時計には時計の精。トイレにはトイレの精……物には全部精がついている。
この鍋は一人暮らしを始める時に、おふくろが子供の頃から親しんでいたものを譲ってくれたため、おばさんになった精がついているんだ。
実際、子供の頃から鍋を囲む時はずっと一緒にいたおばさんなので、おふくろほどにおれのことを知っている。
「今材料はどんだけあるんだい? 何だそれだけかい……だったら今から買い物に行くよ!!」
おばさんに急かされるまま、おれはますます冷え込みが激しさを増す夕暮れの中へ、上着をひっかけて外へ出る。
この寒い中、近所のスーパーは買い物客であふれていた。
お客さんそれぞれには、すき焼きの精や鍋焼きうどんの精。
あっちの親子連れはハンバーグの精、こっちのおっちゃんはインスタントラーメンの精を連れて、今夜の料理の方法を楽しげに話し合っている。
「あっ! いいな。おいしいお鍋なんでしょ?」
おれに声をかけたのはOL風の女性だった。
彼女が連れているのはまだ幼いタジン鍋の精だ。
一緒にいる精が年とってて、いい表情しているほどうまい料理ができるんだ。
おばさんと一緒の時に羨ましがられるのはいつものことなので、少し……自慢かな。
「一緒にどうです?」
「お誘いは嬉しいけど、でも私はこの子育てたいの」
一応声をかけたけど、やっぱり断わられた。
「大事にしてやんなよ」
おばさんが声をかけると、女性とタジン鍋の精は笑って会釈して立ち去った。
買い物から帰り、おばさんの指示で材料を下ごしらえして鍋に放り込んでじっくり煮えるのを待つ。
「そろそろ、いいさね」
「おお! うまそうだ!!」
「コラ! ちゃんといただきます言わんね」
「はいはい。いただきまーす」
なんだかんだ言いながら出汁といい煮え具合といい、子供の頃から食ってた懐かしい味だ。
「ふい~あったまるなあ」
「今日は冷えるから、お調子1本なら飲んでいいやね」
「そりゃいいや」
熱燗の精の言うとおりに温めた日本酒をキュッとやると、いやあ~五臓六腑にしみわたるぜ。
「今面白い番組でもやってるか?」
「う~ん。好きそうなのはないなあ」
テレビの精は腕組みしながら答えた。
「メールなら2本きてるわ。スパムは6つきてたけど、ぜーんぶ捨てちゃった」
「ごくろうさん。でもどんなスパムだったか興味があるからあとで見せてくれ」
うちのパソコンはまだ若いので、時々必要なものまで捨てることがある。
でも直接それを言うわけにはいかない。時間をかけて教えてやらないと。
「食べ終わったらちゃんと洗いなさいよ」
「うい~っす」
おばさんは出てきた時と同じように、鍋を丁寧に洗うと消えた。
口うるさいのを除けば、うまい鍋食わせてくれるいいおばさんなんだけどな。
「あの~さっきから、実家からお電話なんですけど……」
「え!? もっと大きな声で言ってくれっていつも言ってるだろ」
携帯を取り出して着信を押すと、おふくろの声がした。
「……ああ、心配するな。今日は鍋にしたからさ。
いつもどおり元気だよ。おれも、おばさんも。
そうだな。鍋がうまい寒いうちに一度帰るよ。
こっちにいる間に、おふくろの味が変わったりしてないから安心してくれ」
「なに言うとる。あたしの味ばっかり追うとらんで、さっさとお前の家の味を作らんね」
「分かってるよ。うるさいな」
ふと、しずくを落としている鍋を見ると、出てきてたおばさんは笑いながらも、どこか寂しそうだ。
電話の向こうで笑うおふくろも、同じ表情をしているのかも知れない。
おれの家庭の鍋の精も、いつか子供に同じ味を食わせてやるのだろうか。
いや、その前に、おばさんの味を食わせてやるほうが先だな。
大事にするから、どっちも長生きしてくれよ。




