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スフィンクス

 宇宙船の中で発生する問題の一つに、悪臭というものがあることは、あまり知られていない。

 だが、ここNASAには専門の部署があり、次の任務に任命

アサイン

されるメンバーが船内へ持ち込む物の匂いを実際に嗅ぐプロフェッショナルのスタッフが存在する。彼らは持ち込み申請のため、提出された物を密閉した袋に入れ、毎日ニオイを確かめる。

 そんな厳重に管理されている匂い問題と真っ向して、今オレに求められている仕事はニオイの強い、はっきり言って “臭い”食品のニオイを外に漏らさない宇宙食の容器を開発することだ。

 例えば『ブルーチーズ』や『納豆』、さらには『シュールストレミング』でさえあったとしてもだ。


 これクサイよ? めちゃめちゃクサイよ? どう考えてもムリだよね? 宇宙じゃ換気できないんだもの。


「イヤイヤイヤ、例え出来たとしても、食べたあとのクルーの息からニオイが漏れますってば」と反論したけれど、「それを抑える食品の研究は別の部署で行う」と、上はきっぱり言いやがる。そんなこと言って苦情が出たらオレの部署に文句を言いにくるに決まってるんだ。

 しかも、さらに難しい条件をつけやがった。なんと「ニオイの飛散を抑えるためにストローなど使わずに、片手で握るだけで簡単にひと口で食べ切れるものを」ときた。

 うんまあ、ひと口という部分はクルーに協力してもらって口腔容量を調べて、容器サイズを決めればなんとかなる。

 問題はストローを使わずに握れば全量が出るってやつのほうで、使い方はチューブの口をくわえたまま飲み込む形となるんだろう。だったらその口部分の構造をどうクリアするかだ。


 オレは中身を研究する部署と連携を取り合いながら開発を進めることにした。

 やつらの仕事はあくまで臭いを抑えることだとしても、最終的にその形状がスープなのか、ジェルか、ゼリー、まさかの固形状のどれになるかで容器の形状はまったく違ったものとなっちまう。

 何度かミーティングを重ねた結果、全体をゼリーで固める方向で進めようということに落ち着いた。

 オレは完成予想粘度のサンプルを使い、様々な形状のチューブと口部分を研究始めた。

 例えば、マヨネーズなどチューブ状の口部分に必ず最後に残る内容物は、出口部分の段差をなくす形状にし、中味が非常に滑りやすい素材をチョイス。使い捨ての利点を活かし部分的に二重構造を施して、チューブの内容物が出たあとさらに押し出す空気を確保することでバッチリ解消した。


 だが、臭いを完全に封じ込める口部分の構造で頭打ちをくらった。

 中身は簡単に出るのに臭いはまったく出ない。こんな矛盾した問題をいったいどうすれば解決出来るっていうんだい?

 指定された期限も迫り、オレのチームにも焦りが見え始めたが、打開策はまったく見えてこず悶々とする日々が過ぎていたある週末。

 どんなに仕事で悩んでいても、週末は一切忘れて家族と過ごすのがこの国のやり方だ。オレは自宅で生まれてから一歳と9か月の息子と遊んでやっていた。

 こいつはまだ1歳の頃から積み木やブロックパズルが大好きで、今も3インチ(76.2mm)ほどの長さの細くて柔らかいプラスチックの両端に磁石がつき、それらをつなぎ合わせることで自由な形を作り出せるおもちゃで遊んでいる。

 やっぱり俺に似て技術者の血を引いているんだ。妻は妻で「わたしのクリエイティブな才能を受けついでいるのよ」と言うが、それならオレたちの息子って最高だな!

 時々横からちょっかいを出しながらナゾの造形物が完成していく途中で、ふと息子の手が止まった。

 目の焦点が空中をさまよい、少しだけブルッと体をふるわせる。

「ヤベッ! やったか? やったんだな?」

 言い終わる間もなく、息子からプーンと例のニオイが漂ってくる。

 あわててベビーベッドのそばに置いてあるオムツを持ち出し、息子を寝かせると実に健康的なものがお出ましになっている。

 いいぞ! 日々成長してるってこった!

今日もしっかり食えよ!

 きれいに拭き取って新しいオムツに替えてやると、嬉しそうに笑ってまたおもちゃで遊び始める。

「ハッハッハ、ゲンキンなやつ、つっつっ……Oh my God!」

 古いオムツを捨てにいこうと立ち上がった瞬間、頭の中ですべてがつながり、思わず手で口をふさいだ。

 なんてこった! まったくなんてこった! オレはまだ手にオムツを持ったままだったんだ。


 だったら誰に相談に行けばいい? オムツを捨て、シャワーを浴びながらオレは2つのうちどちらがいいか考えた。

 やはり、人間が感じる臭みと動物が感じる臭みは違う。これは人間相手の医者しかない。

 アメリカで最も権威のある肛門科の教授にアポイントを取り、その構造についてチーム全員がレクチャーを受けてからは仕事はスムーズに進んだ。


 期限直前、完成したニオイを外へ漏らさない容器に入った宇宙飛行士専用の食料容器とその中味の総称は『スフィンクス』として採用会議でプレゼンされた。

 なぜスフィンクスなのかと問われた時、“古代エジプトの伝説でスフィンクスが旅人に問題をだして正解できなかったら食べられてしまう”という例えをあげ、その質問の内容が人間の生まれてから死ぬまでの3段階を経ていることから、我々、容器開発チームは『適正サイズ』『容器形状と素材』『口部分の構造』の3つの段階という大きな問題を経て完成したものであると答えた。

 そして中味を開発した部署のチーフも同様に3段階の困難を克服したことであると示した。


 このプレゼンを来週に控えた夜のこと、今回の件ですっかり仲良くなった食品開発部門のチーフとバーで呑んでいた時に、それぞれチームごとに開発名をつけてはいるが、正式名称がついていないことが話題となった。

「実はオレにはつけたい名前があるんだ」

「ほお、言ってみろよ。気に入ったならうちも協力してやってもいいぞ」

「前にも言ったとおり、最後の決め手となったのはオレの息子の出来ごとなんだ。だから『肛門括約筋』からスフィンクタァとつけたいところだが、それはあまりに露骨だろ?

 だからバレないようにスフィンクスってつけるんだよ。すると飛行士たちは何も知らずに "Kiss my ass!" なわけだ」

「悪趣味な話だな。そんな下品なことには協力できない」

「いや、ただ「バカやろう!」「くだらねえこと言ってんじゃねえ!」ってののしろうってわけじゃないよ。

 彼らは宇宙で命がけのミッションを行っている。それなのにこんなクサイメシを食わされるんだぜ。好きなやつはいいが、そうでない者には最悪の食事だ。

 だが、ミッションで失敗して落ち込んだり、これから先、火星や木星への超長期探査があるかも知れない。そんな時、この強烈な味で毎日の退屈を紛らわせてやりたいんだ。叱咤激励の意味を込めてな。

 宇宙でこんなバカなこと言ってくれるやつなんて、他にいないだろう」


 結果的にプレゼンで使われた名称はそのまま正式に採用されることとなった。

 今後の宇宙飛行士、そしてまだ見ぬ将来の、未来の飛行士たちに、このクサイものにつけたオレのクサイ考えがバレないことを祈る。

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