やがて手が出る足が出る
研究がひと段落して帰宅した私は、昨年他界した父の仏壇に手を合わせ、ふと見ると隣に父が座っている。
「幻覚にしてはリアルだな?」
「そう思うのも無理ないが、ワシはいわゆる幽霊としてここにいる」
「物理学者として、生前あれほど非科学的な現象を否定していたのに、幽霊になるなんて信じられません」
「生きている間は、死んだことがなかったのでな」
「幻覚ではない証拠はありますか?」
「そうだな、ワシのパソコンを起動してE-67のファイルを開いてみろ」
言われた通り、生前のまま残していたパソコンを起動させて、ファイルE-67を開く。
「……あと一歩のところで完成という時に倒れてしまわれたテーマですね。
研究は今でも足踏み状態ですよ」
「うむ。その最後のファイルを開くパスワードはris●●●916だ」
「……これは! 研究は完成していたのですか!?」
「これで証拠にならんか?」
「いいでしょう。ともかくこのデータは研究を引き継がれた佐藤教授に渡しておきます」
「そうしてくれ。では本題に入ろう。
ワシはこうして死んでからしか幽霊の存在を確認することができなかったが、生きているお前に幽霊を証明して欲しいのだ」
「なるほど。そういうことでしたか。
父さん自らが証拠を示されたのならば、やらざるを得ませんね」
こうして私は父から幽霊について様々な話を聞くことができた。
「決定的とはいきませんが、信憑性のおける情報が集まりました。
これで現実的に利益の出る方法が見つかれば、有る無しの議論に意味がなくなりますね」
「そうだろう。ところで……」
父は口ごもる。
「なんですか? 思い残しがあってはいけないと聞いたことがありますけれど」
「実は、調べて欲しいことがあるのだ」
「もちろん喜んで。何でしょう?」
「幽霊には足がないと言われているが、実はそうではない。
足はしっかりとある。ただそれが見えないだけだ。
そうなる原因を知りたいのだ」
「それなら、影が薄くなるため、足もとが見えにくくなっているだけじゃないですか?」
「そうではない。絵などで足がシッポのようになっているものがあるが、あれは誇張ではなかったのだ」
父さんが白衣のすそをめくると、確かに“一反もめん”のシッポのようになっている。
「足は……もっと上だ」
うながされ視線を上げると、申し訳ていどにマンガのような短い足がちょこんとついていた。
「だから足がないと勘違いされたんだろう。
こればかりはワシにも分からん」
現世に長くは留まっていられないという父を見送って、私は幽霊について研究を進めた。
しかし、なぜ幽霊になるとシッポが生える上に、足が短くなるのかは、どうしても分からなかった。
ある日の夕食。
息子が学校で飼っているオタマジャクシのことを話してくれた。
つい3日前までなかった手足が出てきて、シッポが短くなったという。
その時、ようやく分かった。
幽霊になると、足がなくなりシッポが生えてくる……。
そのうち手もなくなって、頭とシッポだけになるんだろう。
人間のオタマジャクシ……精子となって、次に生まれ変わる変化をしているに違いない。