過去完了進行形
『過去の時代へ持って行ったものや、ゴミなどは必ず持ち帰ってください』
タイムホール・アミューズメントパークのパンフレットには何度もその注意が書かれて、係の人からも充分に説明を受けた。
「同意されない場合、タイムホールへは入場できませんし、もし守られなかった場合には刑事事件に発展する恐れがあります」
「もちろんです。必要最小限のものしか持っていませんし、ゴミはすべて持ち帰ります」
「それでは入場の手配をいたします。あちらの7番ゲートでお待ちください」
「ありがとう」
家族を連れて指示されたとおりにゲート前の待合室で待っているあいだ、息子がはしゃぎ続けている。
「騒ぐのはいいが、ものを無くしたりしないでくれよ」
「大丈夫よあなた。入場の時にスキャンされて、戻ってきた時に比較してくれるから心配ないわ」
「でも、そのチェックの時に“あれ? 無くしてた”なんてのはやめてくれよ」
笑いながら、念のためたがいのバッグの中身を確認しあった。
やがてアナウンスで入場の手配が整ったと伝えられ、ゆっくりと開くゲートの向こうは、はるか過去の世界だ。
これから数日のあいだ文明のない世界でのんびり暮らし、現在の便利さ、ありがたさを実感するという子どもの情操教育にも役立つ時間旅行で、人気が高く毎月数組が抽選で選ばれる。
今回、幸運にもうちが当選したのだ。
ただ一つ注意しなくてはならないのが、過去に現在のもの、オーバーテクノロジーを残さないこと。
長いあいだオーパーツと言われてきた、今では子どものオモチャでしかない『アンティキティラ島の機械』や、宇宙模型図を作って遊んだんだろう『コスタリカの石球』が残されたり、『黄金のスペースシャトル』なんて、誰かがアクセサリーを落としたんだろう。
岩石採集中になくした金づちやその他いくつもの謎を作ったのは、まだ、時間旅行にちゃんとした法律ができていなかった当時の失敗だ。
最も大きな事件は、タイムホール技術が完成した初期に、古生代に行った金持ちの家族が、花が少ないといって、被子植物の種を大量にばらまいたことだ。
おかげで7500万年前の恐竜絶滅の謎に新たな謎の1つ、それまでほとんど栄えていなかった花を咲かせる植物が繁栄することを加えてしまったんだから。
その事件が判明して以来、時間警察組織が設立されて“現実に起こっていた出来事”以外の、時代に歪みが生じる行為が厳しく監視されることになった。
だから今では、ちゃんとルールを守りさえすれば安全に過去へ遊びに行くことができる。例え過去に行っている途中で不慮の事故に巻き込まれても、ちゃんと時間警察が対応してくれるからだ。
まあ、あえて問題にされていない問題といえば、タイムホール技術が初期のころ、過去に出かけた者の何人かが技術不足のため行方不明になっていることだ。
報道では技術が確立してから改めてすべての人を保護したと言っているけれど、万が一記録に残っていない、もしくはどうしても見つけられなかった人がいたとすれば、彼らはどうなったんだろうか。
原人から新人に至るミッシングリングがいまだに繋がらないのは、そういうことではないかとも勘ぐってしまう。このタイムホールを使えば実際に観察することが出来るはずだ。
もしも“現実に起こっていた出来事”だったなら、“送り込む人間”はすでに決まっていて、わざと行方不明にさせたりはしないだろうか?
開いたゲートに向かって嬉しそうに走って行く息子と、その姿を嬉しそうに見つめる妻を眺めながら、わたしも余計な想像をやめて、たった数日の過去のバカンスへと足を踏み出した。




