泣かせるもんか!
毎年、夏の終わりに5日間泊まるおばあちゃんちへ着いて、さっそくユリのうちに向かった。
ユリが近所に引っ越して来たのはオレが小学2年、あいつが4年の時だ。
去年、別れるときも絶対また来るって約束したもんな。
「こんちはぁ!」
返事も待たずに上がりこみ、部屋の戸をガラッと開けると……そこには、着替えてる途中の、まるで女みたいなユリがいた。
「このアホたれっ!!」
思いっきりブン殴られたオレは、柱に頭ぶつけて目から星が飛んだ。
「っ……てぇ~~~っ!! 何すんだよぉ!!」
「いきなり開けるなん失礼やろ!!」
「いいじゃん、オレとお前の仲じゃねえか」
「いつからそんな仲なってん!? 出ていき!!」
ったく、なに怒ってんだ? 女の服着てたのがそんなに恥ずかしかったのか?
しばらく待ってると戸がガラッと開いて、いつもどおりズボンに着替えてた。
「で、今日からこっち帰って来たんか?」
「ああ、今年は1週間いられるんだ」
「そうなんか!?」
ユリはなんだか嬉しそうだ。
「あ! 母さんに持っていけって言われてたお土産持ってくるの忘れてた!」
「そんなんええよ。それより、よう冷えた麦茶飲むか?」
「飲む~!!」
オレはこっちにいる間、ユリと毎日遊んだ。
そして夜には、ユリにまだやってない宿題を見てもらって……ほとんど教えてもらいながら、なんとか新学期までのめどがついた。
思えば、オレがユリのこと意識し始めたのは、あの着替えてる姿を見たときからかも知れない。
あれからも毎年、本当はユリに会えるのを楽しみに帰ってるのに、たった2歳年上のユリに何て言っていいのか分からず……。
いつもバカな話ばかりして、いつもバカにされてたっけ……。
でもオレはそれでいいと思ってた。
オレが中学1年の夏休みが、ユリと会った最後の年になった。
「また来年な」
そう言うと、ユリはなぜか泣きそうな顔をする。
「なんだよ、いつもはさっさと帰れって言うくせに」
「……ほら」
ユリは持っていた花束をオレに押しつける。
「何だこれ?」
「ホトトギスや。この時期ほんの2、3日しか咲かへん貴重な花やで」
「ホトトギスって “鳴かぬなら、なんとかしようホトトギス” とかだっけ?」
「それは “鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす” とか、戦国武将の性格を表した鳥のほうやろ。
これは鳥の模様に似てるからおんなじ名前ついた花や」
「へ~、まあいいや。ありがとう」
「なんや、あんたもお礼言えるくらい成長したんやなあ」
「それくらい言えるよ!!」
「そうやな……来年、はよ帰って来い」
「ああ、またな!!」
半年後、おばあちゃんから電話でユリが引っ越したことを聞いた。
理由はよく分からないけど両親の借金が関わっていたらしく、誰にも行き先を告げず夜逃げ同然でいなくなったそうだ。
ひょっとすると、ユリはこうなることを知っていたのかもしれない。
引っ越し先を探したりしたけど、子供のオレではどうすることもできなかった。
オレも大人になり、長い間ユリのことを忘れていた。
ある時、出張で田舎近くにいく機会があり、時間が余ったので少し足を伸ばしてみると、昔は限りなく広かった風景が、やけに小さく感じられる。
祖母の家は取り壊され、知らない人の家になっていた。
オレはユリのいた家に足を向けた。
そこに家はまだ残っていたけど、別人の表札がかかっている。
「誰かと待ち合わせかい?」
自販機で冷たいコーヒーを買って近くのベンチに座っていると、声をかけられた。
声の主は、ユリの家に今住んでいるんだろうお婆さんだった。
「いえ、昔オレの祖母がそこに住んでいて、友達がこちらの家に住んでいたんです」
何となく話しこんで、ついユリのことも話すと、お婆さんはニッコリと笑う。
「それで、あんたユリちゃん探したんか?」
「ええ、でも子供だったので」
「もう大人やねんから見つかるかもしれへんやろ。
家帰ってからホトトギスの花言葉調べてみ」
お婆さんと別れてから、すぐにケータイで調べてみた……。
ホトトギスの花言葉:「秘められた恋」 「永遠にあなたのもの」
“咲かすなら 探してみせよう ホトトギス!!”
オレはグイッとコーヒーを飲み干し、気合いを入れて立ち上がった。




