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ハーメルンの笛

 全国各地でネズミが異常繁殖した。


 机の引き出しから、押し入れのふとんから、冷蔵庫の中からもネズミがうじゃうじゃ出て来るのだから、たまったものじゃない。


 猫はブルブルふるえ、犬はしっぽを齧られるありさまだ。


 通信ラインやケーブルまで齧られ、情報網は大混乱をきたし、日本経済はパニックに陥った。




 政府は全国の駆除業者に最優先で駆除を依頼したが、薬による駆逐や、捕まえる以上の数で増えるため、いたちごっこにすらならない。


 そんな時『ビッグマウス』というベンチャー企業が“音波によって特定の動物の行動を決定させる”という装置でネズミを一網打尽にする方法を提案した。


 ビッグマウスは大口を叩くという意味ではなく、大根津社長の名前から取られたもので、装置は事件にちなみ「Pied Piper(ハーメルンの笛吹き男)」と名付けられている。


 政府はビッグマウスへネズミの駆除を依頼した。


 全国の要所に設置されたPied Piperのスイッチが入れられると、ネズミたちは我れ先に捕獲ゲージへと引き寄せられ、瞬く間にネズミ被害は終息していく。


 政府は童話のように支払いを渋ることはなく、感謝とともに報酬を支払い、ビッグマウス社の名は一気に有名となった。


 しかしその直後、アメリカの大手動物保護団体から大量のネズミを処分するのは虐待だと世界に向けての抗議活動が始まったのだ。


 国内の団体から擁護の声はあったものの、政府は捕獲後の処分については業者に一任してあると責任を押しつけ、ビッグマウスには世界中から連日抗議が殺到することとなった。


 大根津社長は処分していなかったネズミ1400万匹余りを全頭滅菌消毒し、飼育ゲージで生かすことにしたが、飼育にかかる費用によって政府からの報酬は見る見るうちに底を尽きた。



 ある日、社長は抗議を続けるアメリカ動物保護団体と世界中に向けて声明を発表した。


「抗議している団体の意見を全面的に認める。

 そして今回得た政府からの報酬の残りすべてを団体へ寄付する」と。


 団体は大根津社長の英断を評価し、喜んで寄付を受けると返答した。


 社長は団体の代表者と握手を交わし、寄付金とPied Piperを1台贈呈した。


 これによりビッグマウスへの攻撃は治まったかに見えたが、社長が帰り際につけ加えたひと言で事態は大きく揺れ動いた。


「この寄付によってビッグマウスは倒産する。

 ついては現在捕獲している1400万匹のネズミを保護団体で面倒を見て欲しい。

 実はもう、すべてのネズミがアメリカに向けて貨物船で運ばれている」と。



「それは出来ない!」


 代表者はまっ赤になって拒否したが、今度は団体が世界中から非難の的となった。


“あれほど処分に反対していたのに、自分が抱え込んだとたん嫌とは何事だ!?”

“寄付金だけは受け取ってあとは知らないというのか!?”




 ネズミを乗せた貨物船が到着する港では、団体員を中心に船を港に入れるなと連日抗議が繰り返されたが貨物船は刻一刻と近づいてくる。


 検疫ではねて日本に送り返そうという動きもあったが、全頭滅菌消毒されているためそれもできない。



 あと2日で港に到着するところまで迫った時、貨物船めがけて体当たりを仕掛けた船があった。

 これまで日本の調査捕鯨船に執拗なテロ行為を繰り返していた過激な活動グループのものだ。


 体当たりを受けた貨物船の船腹は大破し、積み荷が海へ投げ出され、その中にはネズミの保護ケージも含まれていた。

 なぜネズミのケージがある船腹へ正確に体当たりできたのかは不明だが、いつもどおりテログループに対しては何のお咎めもなかった。




 ネズミの多くは太平洋の藻くずと消えたが、体当たりの際ケージが壊れて海に投げ出されたネズミの一団がいたことには誰も気づかない……。





 ひと気のない夜の港にネズミの群れが上陸した。



 目指すのはもちろん大根津社長が贈ったPied Piperのある保護団体だ。


 アメリカ西海岸から保護団体のあるニューヨークまで直線距離で2,500マイル…約4,030km。


 今ごろ元々アメリカに暮らしていたネズミたちもPied Piperを目指して集結しているはずだ。

 上陸したネズミの一団がそこにたどり着くまでに、いったいどれほどの数になっているのだろうか。



 窮鼠猫を噛む……いや、鷲に噛みつこうと闇の中で疾走は続けられる。

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