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小さなおまけ

 彼女と行った遊園地で、お化け屋敷をカップルで通り抜けるリアクションを審査して、優勝すると賞金10万円にペアで海外旅行がもらえるコンテストを開催していた。


 僕は自慢じゃないけど怖がりだ。

 だけど彼女に「海外旅行行きたいなあ」って、微笑まれたら入らないわけにいかない。


 渋々入り出てきた時には口々に「優勝おめでとう!」って言われたよ。

 僕はそれどころじゃなくトイレに向かったけど、彼女が嬉しそうだったからそれでいいのさ。




 週末に2泊3日で往復できる海外とはいえ、楽しむことができたのは、彼女がここへ来た原因をあまり突っ込んでくれなかったことにある……と思う。


 明日の帰国に備えて帰りの準備をしていると、彼女は「飲み物を買ってくる」と、部屋から出た。


 なんだろう?

 ルームサービスで持ってきてもらえばいいのに。


 すると出かけたばかりの彼女が戻ってきたらしく、ノックの音が聞こえた。

 忘れ物でも? ドアを開けたとたん、いかつい男が勢いよく部屋へ侵入してきた。

 強盗!? と思ったけど、もう遅い。男はドアの鍵を閉めて銃を突きつける。

 お化け屋敷の怖がりコンテストに優勝してここにいる僕が逆らえるはずない。


 サイフを出そうと鞄に手を伸ばすと、男は銃で乱暴に手をはらった。


 旅行代理店で強盗に遭った時はポケットに手を入れると武器を出すと勘違いされ危険なので、すぐ両手をあげろと言われたっけ?

 僕は両手をあげ「マネー イン ザ バッグ」と繰り返す。


 男は銃を向けたまま鞄を開き、せっかくきれいに詰めたバッグの中身をかき回した。


 このままだとお金だけじゃ済まない。

 盗まれたパスポートが犯罪に使われれば、彼女まで大変な目に遇うだろう。

 それだけは許せない!

 無我夢中で飛びかかると、不意を突かれた男はあわてて退散……してくれた。

 そこへ戻ってきた彼女は荒れた部屋を見て、何があったのか問いただす。

 僕は事情を話し、早くフロントと警察へ行こうと言うと、意外にも彼女はニッコリ笑った。


「どうだった『副賞旅行のおまけ』のハプニング?」


 それを聞いたとたん、僕は腰から下が砕けた。

 部屋にはカメラが仕掛けてあり、彼女が出たのを合図に映像が記録されるそうだ。

 だけど彼女が「いざと言う時、頼りになるのね。見直した」と言ってくれて、僕はやっと心からこの旅行にきて良かったと思えた。



 翌日、空港で出国手続きをしていると警備員が慌ただしく回りに集まって、いきなり羽交い締めにされ別室に連れていかれ、バッグから小さな箱を取り出し目の前に叩きつけられた。


 英語でまくしたてられ何がなんだか分からない。

 だけど、よく聞くと箱の中身は麻薬だと言っているようだ。


「僕ら以外にあのバッグに触れたのは昨夜の男だけで、こんな箱に覚えはない」と言ってもまったく聞いてくれない。


 大使館への連絡も許されず警察へ連行され、事情聴取もそこそこに、刑務所へ連れて行くと言う。

 これもドッキリなんだろうかと思ったけど、刑務所へ向かうトラックの中で彼女と再会し、その希望は打ち砕かれた。

 取り調べを受けたらしく髪と化粧が乱れ、手錠をはめられ泣いている。


「私たち、どうなるの?」

「大丈夫、僕たちは何もやってないんだから」


「だけど、ツアーで出かけた人がホテルで麻薬入りのバッグとすり替えられて、まだ釈放されてない話を聞いたことある」

「それでも大丈夫だから」

 根拠なんてないけど、とにかく彼女の不安を取り除いてあげないと。



 刑務所に到着し、僕らは所長の前に引き出される。

 そこで昨夜のことを説明し、遊園地の主催者と連絡をとってほしいと懇願した。

 だけど彼は「作り話もいい加減にしろ」と一蹴し、僕らを牢に入れるよう指示する。

 彼女はこんな話はおかしいと泣き叫び、パニックにおちいった。


 そうだ! こんなバカなことがあっていいはずない!


 僕は看守を突き飛ばし、彼女の手を引いて刑務所の外へと走った。

 背後で叫びがあがり、パンパン! と映画で聞いた音がするけど、銃そのものに現実感がない僕は恐怖を感じない。


 あわてて出口の門を閉めようとする看守を手錠をつけたまま両手で殴り、間一髪、彼女とともに刑務所の外へと逃れ出る。


「逃げたぞ! 追え!」

 内部から声が聞こえ、僕らは近くに止めてあった車に飛び乗った。


 偶然エンジンがかけっぱなしだったので、飛び乗って街とは反対方向へ加速する。


「どこへ行くの!?」

「いったん田舎町へ向かい、そこから大使館へ連絡して保護してもらおう。

 ここで捕まったら一生外へは出られない」


 だけどすぐ後ろからサイレンを鳴らしながら何台ものパトカーが追いかけてきた。


「もうだめよ!」

「大丈夫! 頭を低くしてじっとして!」


 彼女は言われるがまま、座席に身を伏せる。


 それでもパトカーに前後左右を挟まれ行き場を失い、十数人の警官に銃を突きつけられては、さすがにこれ以上抵抗はできない。

 ドアを開けて両手を頭の上にして地面にうつぶせに寝かされ、彼女も同様に寝かされた。

 足にも手錠がはめられ、目隠しをされてどこかへ連行されて行く。



 麻薬だけじゃない。

 刑務所で看守を殴って逃走。さらに止めてあった車を盗んだ。

 本当に一生刑務所で過ごすことになるんだろうか?

 それよりも、彼女はどうなるんだろう?


 僕のバッグに入れられた麻薬。

 僕が無理やり連れて逃走。

 無理やり乗せられた盗難車。


 何もかもとばっちりだ。これで一生刑務所だなんて、あんまりじゃないか!



 どこかに到着したらしく車が止まり、僕と彼女は別々にされた。

 必死で名前を叫びあいながら引きはがされ、悔しくて涙が止まらない。


 目隠しで部屋の床へ投げ出されてからも、僕は彼女の名前を呼び続けた。

 だけど、誰も答えない。

 1時間くらいたっただろうか、荒々しい足音が聞こえて僕を立たせ、窮屈な服に着替えさせられてどこかへ連れて行く。

 彼女がどうなったか尋ねても、誰も口をきこうとしない。

 肌の感覚から、どこか広い場所に連れてこられ、周囲には大勢の人の気配もする。


「これより公開処刑を行う!」

 マイクを使った声が聞こえてきた。


「どういうことだ!」

 僕は声を限りに叫ぶ。


「確かに警察から逃げ出して車を盗んだかもしれないけど、殺されるようなことはしてないだろう!

 それにもともと麻薬は僕のじゃないんだ!」


「そこにいるの!?」

 僕の声が聞こえたんだろう、彼女の声が聞こえた。


「ここにいるよ! ひどいことはされてないか!?」

「私は……私も、一緒に……処刑だって」


 彼女の泣き声が聞こえてきた。


「彼女は何もやってない! ぜんぶ僕が巻き込んだんだ! 処刑するなら僕だけにしてくれ!」


「無駄だ! 女はお前と一緒に処刑する!」

 マイクから聞こえたのは、絶望的な返事だった。


「どうしてだ!? 僕のせいで彼女まで……」


「愛してる!」

 その時、彼女の叫びが聞こえた。


「ずっと愛してる! これからも、ずっとあなたのこと!!」

 心からの彼女の叫びだ。


「僕も愛してる! 君のこと、ずっと、ずっと! たとえ今ここで殺されても、それでも君のことを愛し続ける!」


「打ち方、構え!」


「約束よ! 一生愛し続けて!」

「約束だ! 一生愛し続ける!」


「撃て!」



 パンパンパン!




 

 銃声が響くと同時に、僕の目隠しが外され……。


 広い教会の中で、人々がお祝いのクラッカーを打ち鳴らしている。

 目の前には真っ白のウエディングドレスを着た、彼女が……。


「これより、彼の人生の処刑式を始める!」


 マイクで叫んでいたのは、僕の古くからの悪友だ。

 それだけじゃない。僕と彼女の両親や親戚、旧友がずらりと集まっている。

 彼らに押されて彼女の隣に並ぶと、僕は窮屈なタキシードを着せられていたことに気づいた。


「新郎新婦の誓いの言葉に続いて、指輪の交換を」


 神父が取り出したのは、空港で見せられた小さな箱だ。

 ふたが開けられると、見覚えのある指輪がひと組。


 遊園地で賞金をもらった日の帰りに彼女と立ち寄った宝石店で、あんな指輪で式を挙げたいと2人で話していたものだ。


「少し足りない分はみんなが出しあってくれたのよ」


 僕は箱から指輪をとり、彼女の左手へ。

 彼女も指輪をとり、僕の左手へ。


 何もかも急展開すぎて、気持ちがついていかないけど、僕は彼女と式を挙げてるんだ。


 そして誓いのキス。


「どこからが芝居……いや、始めから全部、芝居だったのか?」彼女に尋ねる。


「ううん。私が知ってたのは空港から刑務所に連行されるところまで。

 だけど牢屋に入れられると聞いてパニックになったわ。

 本当のことを聞かされたのも、ついさっき。

 逃げた車で捕まった時は、私も本気でもうダメだって思った」


「いいよ。こうやって無事だったし、結婚式まで挙げられたんだから」


 彼女をお姫さま抱っこして教会の入り口から出ると、遊園地の主催者に加えて、侵入した男や空港の警備員、刑務所の所長に笑顔で迎えられ、僕は苦笑しながら手を振る。





 本当に一生忘れられない思い出となった海外旅行と結婚式は、こうして幕を閉じた。


 3か月後、彼女が妊娠していることが判明し、計算するとちょうどあの旅行の日だった。


「最高のおまけがついたな」


「あら、おまけじゃなくて最高のプレゼントよ」


「そうだね」



 仕組まれていたとはいえ彼女を死ぬ気で守り、今また新しい家族が増える僕に怖いものなんて何もない。

 あの副賞のおまけと言うのなら、僕が振り絞れた、あのちっぽけな勇気こそおまけなんだろう。

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