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あの男

 ……あんたの依頼は確かに遂行した。


 ライバル企業の敏腕社長急死の文字が新聞のトップを賑わせた数日後、あの男からの連絡があった。


 殺し屋として裏の世界で名高い男は、確実に仕事をしてくれたのだ。


 これで我が企業の座が揺るぐことはない。


 依頼料は少々高かったが、今後のことを考えると採算は取り戻せる。


 ……残り半分の金は、例の口座に振り込んでおけ。


「分かった。今すぐ払おう」


 ここで支払いを渋るほどわしはバカではない。パソコンで即座に手続きした。


 死んだ敏腕社長がどれほど慎重な男だったかは、わしが一番よく知っている。

 その彼を始末したんだ。もし男がわしを標的にすれば、同じ運命をたどるだろう。

 それよりも金で信用を買っておき、いい関係を保つほうが得策というわけだ。


 ……確かに受け取った。ところで、俺は依頼を受けた相手にはアフターケアをしているんだが興味はあるか?


「アフターケアだと? 何かねそれは」


 ……つまり、もし俺にあんたを始末して欲しいとの依頼があった場合必ず断わる。まあ保険といったところだ。


「そ、そんなものがあるのか?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 わしがやったことを他の誰か……業界2位のアイツや、わしを疎ましがっているアイツ、他にもアイツやアイツ……。


「それはもちろん金がかかるのだろう? いくらなのかね」


 ……あんたの命と比べれば大したことはない。年間契約で……。


 男が提示したのはそれなりの金額だったが、今回仕事を依頼した額よりも少ない。


 ……今すぐ決めろとは言わない。3日後また連絡する。


 電話が切れたあとも、わしは男の言葉が頭から離れなかった。




 わしが殺し屋から命を狙われる危険は大いにある。

 殺し屋を依頼するなら、あの男のように腕がたつ者を雇うだろう。

 あの男と契約すればわしが狙われることはない。


 いや、あの男の話は本当だろうか?

 しょせんは殺し屋。

 わし以上の金を積まれれば契約など破棄するのではないか?

 死人に口無しというではないか。


 3日後、男から連絡がきた。


 ……返事を聞こう。


「一つ質問したい。相手がわし以上の金を払った場合、契約は破棄するのか?」


 ……そこは信用問題と言いたいところだが……。


 男は連絡をとりあって、初めて軽く笑ったように感じる。


 ……1回きりの仕事で3倍の金を儲けるより、仕事をせずに毎年、確実に大金を稼ぐほうが楽なのでな。


「分かった。契約しよう」


 それ以来、男に連絡することはなかったが、わしの企業は成長を続け、世界でもトップクラスの揺るぎないものとなった。




 

 病院の豪華な個室ベッドで延命機器につながれているわしは、臨終の時が迫っていた。


 死を待つだけとなり、改めて自分の人生を振り返ってみると、わしはずいぶんと酷いことをしてきた。


 もちろん善行もたくさんしたつもりたが、救いきれないことも数多い。


 中でも、あの男を使ってライバル企業の敏腕社長を死なせたことが、心に大きくのしかかっている。


 彼の企業にも社員と家族がいただろう。

 今ならあんなことはせずに、戦略で負かすことくらいできたはずなのに。


 わしは死んだら地獄に堕ちるだろう。

 若いころは信じもしなかったが、いざ死ぬとなると地獄は恐ろしい。


「いいや。あんたは地獄にいかない」


 誰もいないはずの病室に見知らぬ男が立っていた。



「あの社長は、あの時が寿命だったのさ。

 だからあんたの依頼に応えた。

 そうすればその後、俺に莫大な金を支払うことが分かっていたからな」


 間違いなくその声には聞き覚えがあった。

 だが、人工呼吸器につながれたわしに声は出せない。


「だからあんたは誰も殺していないし、あんたの払った金でライバル企業の社員や家族が助けられた。

 それどころか毎年払っていた金で、世界中の人間が助けられていたんだ」


 なんとか目を向けても、カーテンには影しか映ってない。


「俺は殺し屋なんかじゃないぜ。

 そして死神でも悪魔でもなければ、まして天使などでもない。

 もっと世俗な存在だから金を生かす方法をよく知っているだけだ」


 ……今さらわしのところに来たということは……わしは世間的に殺されるのだな?


 男に向かって心で問いかけると、笑っているような影が揺れる。


「契約違反って言えばそうかもしれないが、あんたはずっと人助けしてたんだ。

 地獄には堕ちないことだけは保証してやる。

 これまで支払ってきた保険料に誓ってな」


 ……地獄の沙汰も金しだいか?


「あの世に金なんて持って行けないし、金さえ出せば地獄行きがまぬがれるものでもないさ。

 おっと、そろそろ最期だ。あんたに見せておいてやろう」


 男が微笑みながら言うと同時に、わしの頭の中には見たこともない人たちの光景が押し寄せる。


 わしの自己保身のために支払っていた保険料が貧しい子どもや困っているお年寄りたち、金に苦しんでいる人々のために使われて、助かり、感謝し喜んでいる姿……。


「だから、安心して身一つであの世に行くがいいぜ。

 あんたのあとを継いで金を出すヤツはもう決まっているんだ」


 延命装置のアラートが鳴り響くと同時に、あの男の姿は消えた。

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