ジレンマ
「死神をしているという人物が、私のボランティアグループに入会したいと来られたことがありましてね」
そう語ったのは、我々が所属しているボランティアグループ『西上ボランティアスクール』の創始者であり、現在は施設に入所されて、今は自分がボランティアされる立場になったと笑う男性で、もちろん痴呆症ではない。
「そういう話だと思って聞いてもらって構いません」
死神なんて縁起が悪い、そんなものいませんと、反論する必要もなさそうなので、うなずいて先をうながすことにした。
「高齢者の方々に手品や楽器演奏、漫才などを披露して楽しんでもらう、いわば生きる楽しみを感じてもらうこのグループに、なぜ死神のあなたが? と問いかけると、彼は話してくれました……」
「死神ってね、なにもまだ生きられる人を無理やり連れて行くってわけじゃないんです。
考えても見てください。もしあなたが死んだとすれば、どこへ行けばいいと思います? 天国? 地獄?
でもそれが実際どこにあるかなんて、生きている間は誰も教えてくれないでしょう? だからみんな、死んでからやっとどうすればいいか困るんですよ。
かと言ってそのままにしておくと“迷って”この世に悪い影響が出てしまうから、放っとくわけにもいかない。
そこであっしら死神が迷わないようあの世へ導いてあげるんですが、人間には時々あっしらの姿が見える人がいて、導く姿を見て誤解されてしまったんですねえ。
いやさ、故人と親しい人からすれば、大切な人を連れ去る悪いやつに見えるのは仕方ないんですけどね」
言われてみればそれもそうだと思いましたが、その時まで私は死神とは恐ろしいものだとばかり考えていました。
「ただね、中にはどうしても家族と離れたくない、恋人と別れたくないって人がいるんですよ。
でもそれを聞いてしまうと、皮肉なことに離れたくない、別れたくない相手に一番悪い影響が出てしまう。
それに、あっしにも死神としてのプライドがありますんでね」彼は笑って続けます。
「あれこれ言葉をならべてその気にさせるんですよ。
今よりずっといい世界が待ってるとか、こちらとあちらの世界では流れる時間が違うからほんの少し待っているだけですぐに追いついて来てくれるとかね。
いえ、時間の流れが違うのは本当ですよ。ただね、あっちではほんの数時間しか経ってなくても、こっちでは何十年も経ってますから故人のことはいい思い出になってたり、すっかり忘れられていたりもするんですけどね。
それだけならいいんですけど、いい世界が待ってると連れて来た相手が実は悪人だったなんて時には、問答無用で地獄行きですからね。
この悪魔とか詐欺師だとか罵られるのはキツイですよ。自業自得なのに。いえ、本当にキツイのは、あっしは死神だって自己紹介しているのに覚えててもらえなかったことなんですけどね」
死神の仕事って案外大変なんですねと言うと、「そうでしょう?」と勢い込んで答えます。
「死神にも下級・中級・上級とありましてね。直接死んだ人を連れてくるのは中級以上で、下級はその手伝い。
上級になると誰にどの死神を割り振るかなど人事を行うんですが、一度にたくさんあてがわなければならない時など、本当に大変ですよ。
他の地域を担当している死神にまで助けを呼んだりしてね。あ、これは大きな事故の場合だけであまりないんですけど」
生きられる人を無理やり連れていくわけではないと聞いてホッとしていた私でしたが、この言葉を聞いて背筋が寒くなりました。
やはり死神は死神。
関わるべきではないと思い、最初に聞いた質問をもう一度してみました。
「それで、なぜあなたがうちのボランティアグループに?」
「そうでした。すっかり忘れるところでした。実はあっしは今度この地域一帯を任されることになりまして、一番顔の広いあなたのところに出入りしておけば仕事がしやすいというわけです」
私は慌てましたよ。まさかこの辺りで大きな事故が起きるんじゃないかとね。ところが彼は笑って言うんです。
「生前から多くのお年寄りと知り合いになっておけば、その時になって彼らが安心するんですよ。知ってる人に会えたって。最近は初対面でなかなか打ち解けられない人も増えて来ましたからね」と。
彼は人間がまだ生きている間に、死んだあとの心の準備ができるように生前から導くことで安らかな最期が迎えられると言うのです。
天国や地獄が『ある』とだけ教えるのではなく、『どこにあり、どう行くか』を教えることで、死後、道に迷うことがなくなるのだ、と。
「それで、その死神はどうしました?」
尋ねると、男性は車椅子から手を伸ばして麦茶をひと口すする。
「いますよ。今でも」
彼の視線の先には老人相手に漫談を披露しているにこやかな中年男性がいた。
その内容は江戸落語を彷佛とさせながら、人間は死後どうなるかを面白おかしく語るいつもの持ちネタで、我々のグループの代表者。西上先生だった。
彼を慕って多くの若者が集まり、グループの名前も彼にあやかって『にしがみボランティアスクール』となったほどだ。
「まさか!?」
驚くと男性は声をあげて笑った。
なんだ、からかわれたのか。だけど死神の役目が、実は人を導くことだなんて面白い話だ。
「彼は言ってましたよ」男性が続ける。
「“あっしは現場が好きで、いまだにこうやって直接連れに来てはいますが、本当は上級の死神なんです。特に死神は人手不足で、新たに死神になれる人物の発掘は重要な課題なんですよ”と」
「死神になれる人物ですか。いったいどんな基準なんでしょうね」
相づちのつもりで尋ねると、男性は遠い目をして答える。
「“ボランティア精神が豊富で人が好きなこと”だそうです。死神の仕事はあくまで人助けであって、無償の労働の喜びを知っているものでなければ勤まらないそうですよ」
無償の労働の喜び。それはいつも西上先生が我々に熱く語る言葉だ。
「私が死んだら、彼は私を死神に推薦するそうです。最初は迷いましたけど、今はその申し出を受けるつもりです」
男性はもうひと口お茶をすすり、「ほうぅ」と幸せそうなため息をもらす。
正直なんと答えればいいのか返事に迷っていると、男性は構わずに続ける。
「そうそう、彼はこうも言ってましたよ。“中級以上の死神は肉体を離れてからでないとなれないんですよ”とね」
……下級は中級の手伝いで、中級以上は肉体を離れなければなれない……。
「あなたも頑張ってくださいね」
男性はそう言うと、静かに微笑んだ。




