ダイイングメッセージ
完全な密室殺人との報告を受け、これまで数多くの難解な事件を解決してきた警部が現場に到着した。
「警部。被害者はダイイングメッセージを残しています」
「なんだと? 報告ではそんなことは聞いていないぞ。
そんなものがあるのなら、犯人逮捕はすぐじゃないのかね」
「それが……」
まだ若い警官の歯切れの悪さを警部はとがめる。
「まさか推理小説でもあるまいに、謎解きのようになっているとでも?」
「い、いいえ。そういう訳では……ともかくご覧ください」
現場に案内された警部は、被害者が自らの血を使い、力尽きる寸前まで必死に残そうとしたメッセージを見て絶句する。
そこには、『犯人は、』とまでしか書かれていなかったのだ。
「被害者はとても真面目な性格だったんだな」
「そのようです。周囲の証言でも、神経質なほど生真面目だったとかで」
「最期の力を振り絞って書いたんだろう。しかし、捜査はゼロから始めなければならんな」
布を掛け直された被害者に手を合わせた警部は、警官に捜査手順の指示を出す。
死の淵で判断力を失っていたのだろうが、真面目とは時にやっかいなものだな。
警部はメッセージを見ながらため息をつく。
手遅れになってでも、こんなことが気になるなんて……。
被害者は『犯』という字の『犭』が思い出せなかったのだろう。
『扌』や『氵』、『亻』を使って何度も書き直したあとがあった。