ソースの香り
ジュワアアアッ! って音をたてながら、厚い鉄板の上で跳ねる香ばしいソースの匂いが店に広がる。
口の中に甘いツバがあふれてきた。
目の前には熱々のお好み焼きが、わたしに食べられるのを今か今かと待っている。
「お待たせっ!」
待ちに待ったひと言で、食欲が一気に噴き出す。
鉄板からコテで切り分けてフウフウしながら口に運ぶと、熱くてたまらないのと早くほお張りたい気持ちが葛藤する。
だけどもちろん熱いまま食べるのが、お好み焼きの醍醐味よ。
「熱つ、熱ふ!! ああ! おいひぃ!」
語尾がおかしくなるのも、おいしいお好み焼きならではの特権よね。
ああっ! 生地はパリッとしてるのに歯ごたえがちょうどいい。
たこ焼きならもっとトロッと柔らかくていいけど、お好み焼きはこのくらい弾力がないと。
フ~~、フ~~~!
「熱ふっ! おいひぃ!」
このキャベツの甘味とソースの辛味が絶妙に混じりあって、口の中に広がるうま味ときたら……。
そして飲み込むノド越し感がたまらない!
ゴックン!!
もう! こんなにおいしいのに、あっと言う間に食べ終わってしまえるなんて反則だわ!
この店ができたのは、今年のゴールデンウイーク直前。店長は金髪のニイちゃんってことで最初は敬遠してたんだけど、だんだん口コミでおいしいって増えて来て、行ってみるとホントにおいしかった。今から思うと、金髪は一種のパフォーマンスかも知れないなんて思ってる。
関東では2008年頃からお好み焼きの売れ行きが伸び、食べる機会が増えてるけど、この店のは本当においしい。
どれだけおいしいものでも本当に毎日食べると飽きるなんて言うけど、この店のは、もうホントに毎日食べても飽きないって言ってもいい。
だから、週に3回は食べたくなる。
あ、毎日は食べてないか。
それに、この店のもう一つの売りは『たこ焼き』なの。
お好み焼き同様、もう絶品! って言っていい。
「あ、いつもどおり、たこ焼きお持ち帰りでお願いします!」
「承知しましたっ!」
ふう。これでひと安心。
どうしてこんなにおいしいのか店長さんに尋ねても、それは企業秘密って教えてくれない。
まっ、それもそうね。
「いつもありがとうございますっ! よろしければ、明日の定休日に新メニューの試食会するんスけど、参加されません?」
お会計のとき、店長さんがお釣りを渡しながらそっとささやいてくれた。
「えっ!! 新メニ……ゴホンゴホン!! ……そんなのあるんですか?」
あわてて小声で尋ねると、店長さんはニコッとしてうなずく。
「まだオープンして日は浅いスけど、常連のかたにはお声かけしてるんス」
「はいはい! ぜひ参加させてください!」
わたしは二つ返事で承知した。
翌日。
お店に行くと、すでに会社員風の男性と大阪のおばちゃん風の女性が同じテーブルに座り、店長さんはカウンターの向こうで下ごしらえをしている。
どちらも話したことはないけど、見たことのある顔だ。
「いや、実に楽しみですよねえ」
「いつものかておいしいのに、新メニューやて」
会釈すると2人とも笑って近くの椅子に招いてくれる。
「いらっしゃいませ! これで皆さんそろいました! では第1回、新メニュー試食会を開催します! 今回は3品用意したっス」
いつもの笑顔で店長さんが焼いて持ってきたのは、
「え? これピザ?」
なんと、お好み焼きの生地の上にトマトとチーズが乗っていて、その上にソースや青のり、鰹節とマヨネーズが……。
「意外と合うんスよ。トマトも糖度の高いものを使用してますし」
確かにトマト鍋もあることだし、合わないこともないかも。
わたしたち3人は切り分けられたお好み焼きを、おっかなく口へ運ぶ。
「うん。意外に合うなあ」
「トマト甘いのがええわ。ソース自体、元からトマト使こてるし違和感ない」
2人とも普通に食べてる。
「そうね。洋風だけどアリかな。だけど年齢によって意見が分かれそう。季節によってチーズの種類を変えると食べやすさが変わるかも」
少し厳しいかもしれないけど、わたしも思ったことを正直に言った。
「なるほど。参考になるっス」
店長さんは真剣にメモを取る。
「次はこちらっス」
出てきたのは、ごく普通のお好み焼き。
これのどこが新メニューなのか……まずは食べてみれば分かる。
「うっ。ゲホッ!」
「ウワッこれ! せやけどおいしいでコレ」
反応が違う? じゃあ、わたしも。
「……なるほどね。だけど先に言わないとおじさんみたいにビックリするでしょうね」
「いやあ、まあ。わたしも最初から分かって食べたら案外おいしいのかもしれないけどなあ」
2品目は、お好み焼きそっくりに作ったホットケーキだった。
ソースはカラメル、マヨネーズは生クリーム。キャベツなんか野菜は甘味が下ごしらえでつけてあり、歯ごたえの変化にコンニャクでなくプルプルゼリーを使ってあったりと、おいしいことはおいしい。
「だけど、これは変化球かな」
「やはりそうっスね。おもしろいと思ったんですけど」
「おもしろいし、話題にはなると思う。女性向けのグルメ雑誌の取材がくれば受けると思うけど」
また店長さんはシッカリと書込む。
「最後はこれっス」
自信満々で運ばれてきたのは、白いお好み焼き?
わたしたちはそれぞれ口へ運んだ。
「ほう! これは美味いなあ!」
「まさかお好みの店でこんなん食べれるて思わへんかったわ」
好評じゃない。どれどれ?
白い生地はケーキのスポンジのようにふんわりして、中の具とソースをどっしりと受け止めている。
柔らかいばかりに思えた生地の中には、プツンと歯切れの良い隠し味が。
どっしりボリュームがあるのにしつこくなく爽やかな味が、つい、もうひと口食べさせようとする。
これは、おいしい!
「でもこれって……?」
「そうっス。うなぎっス。もう完全にお好み焼きじゃないっスけどね。産地からタレと焼いたの送ってもらって、ここで切って使うだけっス。白い生地はヤマトイモを100%使ってるっス」
「なるほど、それなら専門店でなくともうなぎが出せるなあ」
「ヤマトイモにうなぎよう合うし、このプツプツしたんも合うけど、これ何なん?」
「あ、これはマッシュルームを和風ダシで煮込んだものの薄切りっス。いろんなキノコ試した中でこれが一番合ったっス」
「ふーん。だけど工夫はこれだけじゃないよね。ヤマトイモと一緒に泡立てた卵白使って、ふんわり感引き立たせるでしょ?」
「ズバリっス! 卵黄は後から乗せるっすけど、うな玉丼を参考にしたっス。それと生地にすりおろした豆腐も入れてあるんス。これは精進うなぎからヒント得てるっス。生地下に蕎麦を敷いてるっスけど、和食には蕎麦がよく合うっスからね」
これで決まりって顔で、教えてくれる店長さんに、どうしても分からない味を尋ねることにした。
「確かにお豆腐を使ったりして女性でも安心して食べられるようヘルシーに考えられてるけど……。
これだけたっぷりタレがかかってるのに、食べ飽きないし、いくらでも食べたくなるのが分からないわ」
「それっスか? それなら簡単っスよ。うなぎと言えば相性バッチリ! これっス」
店長さんは“山椒の粉”を取り出す。
「確かに合うけど、もっとこう、癖のない爽やかな風味っていうか……そういうのを感じるんだけど」
わたしの質問に、店長さんは笑顔のまま困った表情を浮かべる。
「……そこまで味が見抜かれてるなら仕方ないっス。タレの中に茶葉の粉末を混ぜてあるっスよ。
うなぎはビタミンA、B1が豊富で、山芋と卵黄を一緒に食べると栄養価が高まるっス。
そこへマッシュルームのグアニル酸と和風だしの昆布がグルタミン酸、カツオブシはイノシン酸のうま味を加えてるっス。ちなみにさっきのトマトはグルタミン酸っス。
さらに茶葉のアミノ酸を加えると、うま味だけでなくカテキンやカフェインの成分がうなぎの生臭さを消して味に深みとコクを出し、あと味がスッキリするっスよ。
うちのソースにも使ってるっすけど、さすがに配分量はカンベンしてほしいっす」
そうだったの。お好み焼きの味の秘密が茶葉だなんて。
「なんや色々言うてたけど、このうなぎと、さっきのホットケーキは新メニューに出されへんね」
「「「ええっ!?」」」
おばちゃんのひと言に、わたしたちは固まった。
「ここお好みの店やで?
ソースのええ匂いしてんのに、甘ったるいケーキのんとか、うなぎの匂いしたらあかんやん」
…………あ。
そりゃあそうだわ。店長さんも“あ~~”って顔になってる。
「……えと、みなさん。小腹空きませんか? いつものでも焼きましょうか?」
「え? 店長のおごり?」
オバチャンは間髪いれずに身を乗り出す。
「え、ええ。もちろんです」
引きつる店長さんの顔は見なかったことにしよう。
コテで切り分けたお好み焼きをほお張る。
「ああ! 熱つ熱ふ!! おいひぃわあ!」
やっぱりこの店のお好み焼きは最高だ!これからも店長さんにはあきらめず新メニューの開発を続けてほしい。
その時もまた呼んでね。




