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チョコの行方

 週明けの月曜日。

 今日はバレンタインデーだ。

 とくに張り切るわけでもなく学校へ向かっていると、ボクの後ろから軽い足音を響かせながら誰かが近づいて“バーン”と背中をたたいた。


「おっす。はよっ!」


 いつもどおりだ。


 こいつはボクの幼馴染み。

 いちおう女だが自分のことを「オレ」と呼ぶし、なによりガサツだ。

 先に言っとくけど、ボクとこいつは付き合っていない。

 もの心つく前から兄弟みたいに暮らしていたし、ボクは今でもこいつを弟だと信じている。

 学校では水泳部期待のエースというのは、単に胸がないぶん水の抵抗が少ないだけだ。

「オマエ、なんか今オレに失礼なこと考えなかったか?」

「気のせいだよ。それよりお前、いつにも増してテンション高いな」

 ふう。こいつは相変わらずカンが鋭い。昔っからの仲だから変に隠し事もできやしない。

「なに言ってやがる。オレは毎朝、自宅で練習メニューこなしてから登校してんだ。どっかの寝坊助といっしょにすんな」

「へいへい」

「それより今日アレだから。ほらこれ、今年のやつだ。やるよ」

 カバンから取り出したのは綺麗にラッピングされた小さな包みだ。中身はアレに違いない。

「サンキュ」

「ったく、義理だけでも大変なのに、友チョコまで増えやがんの。めんどくせーったらねえぜ」

 そう言いながら紙袋に無造作に放り込んである、ひと口サイズのチョコを見せてくれる。

「オマエ今年も大変だろうな。

 まったくなんでこんなヤツがモテんだかなあ」

 まったくだ。ボクはなぜかしょっちゅう女子から告白される。

 いいかげん断わり続けるのも面倒だけど、好きでもないのに付き合うなんて、相手に失礼だ。

 友達はこんなボクの考え方は古いと言うけれど、仕方ないものは仕方ない。

 毎年この日は、イヤになるほどチョコをもらうんだ。

「今日もらったチョコ、帰ったらちゃんとラッピングほどいて中の手紙も読んでやれよ。せっかくくれたヤツの気持ちムダにすんじゃねえぞ。

 それと食わねえ中身はいつもどおり弟にくれんだろ? あいつ柔道やってっから、カロリーなんていくらとっても足りねえからな」

 うん。くれた人には悪いけどボクは甘いものが苦手なので、毎年こいつの2歳下の弟くんにぜんぶ食べてもらっている。


 学校が終わり、うちに帰ってテーブルの上に女子からもらったチョコを、カバンからドサッと取り出す。見ているだけで胸焼けしそうだ。

 ラッピングを丁寧に開いていくと、中には結構高そうなのもあるし、一生懸命書いてくれたんだろう手紙や、メアドやラインだけ書いてくれているのもある。あいつが言ったとおり、ちゃんと整理しておこう。

「お~い! 帰ってんだろ? 入るぞ!」

 玄関からあいつの声がして、返事も待たずにズカズカ上がりこんでくる足音がした。

「さっそくやってるな! どうだ今年の成果は?」

「成果とか言うなよ。結構マジなのあって、断わるの気がひけるんだから」

「だったら全部と付き合っちゃいな」

「できる訳ないだろ。人ごとだと思って」

「ぶはははっ! そりゃそうだ。それよりくれるチョコどれだ?」

「早いよ。まだ半分も開けてないんだから」

「しゃあねえなあ。オレが特別に飲み物でも作ってやるから、さっさと済ませとけ」

 好き放題言って、あいつは人んちの台所を自分の家のように勝手に使い始める。

 そんなことより、早く全部開けてしまおう。


「ほれ、できたぞ」

 しばらくしてあいつがテーブルに持ってきたのは、熱々のココアだった。

「ココアってのは、ホットチョコレートとも言うんだぜ。オレからの手作りで作りたてのバレンタインチョコだ。感謝して飲め」

「あっそ。そりゃどうも。お前からの愛の告白ありがたくもらっとくよ。うん。すごく苦い。さすがにボクの好みが分かってるな」

「オレの愛はいつもビターなのさ」

 なに訳の分からないこと言ってるんだ。

「おおっ! オマエこれ、C組の城戸さんじゃねえか? それにこっち3年の仲峯先輩かよ。なにい!! A組の植田さんってどう言うことだ! ゲッ!! どれもマジ告白だよ。まさかこんな美味しいハナシ断わろうってんじゃねえだろうな?」

 自分もココアを飲みながら、勝手に人がもらったチョコを物色している。

「断わるよ。どっちも好みじゃないし」

「かあ~~~っ! オマエの血は何色だ! 男だったらちっとはイロを好みやがれ!」

「無理だよ。知ってるくせに」

「ぶははは! そりゃそうだ。お前 ゲイだもんな。朝に渡してやったチョコも、うちの弟に渡したいのを自分じゃ恥ずかしくて買いにいけなくて、毎年オレに頼んでるんだからな。だけどそろそろあきらめな。あいつ彼女ができたとか言ってたぞ」

「マジ!? い、いや、しょうがないよ。弟くんカッコよくて、性格もいいから」

「だけどチョコだけは渡しといてやるよ。毎年、なぜか1個だけ手紙がぬき忘れてることも黙っといてやるから。あ、オレも1つくらいもらっといていいか?」

「うん。好きなのどれでもいいよ……まったく、お前が男だったらよかったのにな」

「なんだよいきなり。オレの水泳で鍛えた逆三角筋にホレたか? 幼馴染みのよしみで少しくらいなら見せてやってもいいぜ」

「いらない。見たくない」

「即答かよ! だけどオレと結婚すればお前と弟は兄弟になるんだぞ」

 えっ? あっそうか!

「立ち上がるな! バカ、冗談だよ」


 冗談は置いておいて、こいつが手伝ってくれたおかげでチョコの整理は思っていたより早く終わった。

「まだココア残ってんだ。あっため直してくるぜ」

 あいつが台所に向かうのを見送り、チョコの山を眺めながら、どうしてボクは女子を好きにならないのか考えてみた……まあ趣味っていえば、そうなんだけど。


「ほれ、飲め」

 戻ってきたあいつが差し出すカップを受け取り、ふうふう吹きながらひと口すすると、今度はすごく甘い。

「さっきのは苦かっただろ? だから今度は甘くしてハラの中でちょうどいいくらいになるってことだ。文句言うな」

 そう言いながら自分は美味しそうに飲んでいる。こいつホントは甘いもの大好きだったよな。


「なあ、お前また昔みたいに髪短くしてみないか?」

「なんだよ急に。まあ、そのほうが泳ぎやすいっちゃあ泳ぎやすいけどな」


 ボクは本当に弟くんのことが好きだったのか、それとも近すぎる『弟』を無意識に見ないようにしていただけなのか。それに気づいたところで、前途多難なのは分かっている。

 こいつが本気で好きなのは……ボクにマジ告白してくれたチョコを抱いてニヤニヤしてる、A組の植田さんなんだから。

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