こうふく
むかし、あるところに、とても正直な老夫婦がくらしておった。
ふたりは暮らしがまずしくとも、文句ひとついわずにつつましく日々をおくっておった。
ある夜のこと、婆さまの夢枕に観音様がでてきてこう言った。
「おまえたちは、じつに正直者だ。あすの朝、目が覚めたら裏山の松の木の枝に布が一枚、引っかかっておるから、それを雑巾にして家じゅうをピカピカにするとよい。
ただし、それを使うときは“こうやって心をこめて拭く”との意味で「こうふく、こうふく」と唱えながらふくのじゃ。さすればお前たちのもとに幸福がおとずれるであろう。ゆめゆめ、忘れるでないぞ」
朝、目が覚めたお婆さんは、夕べ見た夢をお爺さんに話して、二人で裏山の松の木まで行くと、本当に布が枝に引っかかっておった。
不思議なこともあるもんじゃと、お婆さんは持ち帰った布をお告げのとおり雑巾にして家をピカピカに磨くことにした。
するとどうじゃろう、その日から爺さんが山からとってきた薪はあっという間に売り切れ、道に迷っていた子供を助けると長者どんの子で、見たこともないようなお礼の金をもらったりと、たちまち日々の生活にことかかないようになった。
それでも婆さまは観音様の言いつけを守って、毎日「こうふく、こうふく」と言いながら家じゅうを磨いておった。
そんな金に困らなくなった二人の様子を見ていた隣に住む老夫婦は、いきなりの変わりように驚いて、これは何か秘密があるに違いないと思い、普段は苦虫をかみつぶしたような顔を、むりやり笑顔に変えて正直な老夫婦のところへ手もみをしながらたずねた。
「お前さんがた、いきなり金まわりが良くなったようじゃが、いったいどうやったんじゃ?」
いつもは難癖をつけて、少ない食べ物や道具などを持っていってしまう隣の二人に、爺さまと婆さまは最初引いておったが、正直者の二人のこと、つい観音様の夢で見た話しをしてしまった。
「ほおお、その雑巾で家を掃除すれば金が入ってくるのか」
「そうじゃ、わしらにも少し使わせてはくれんかのう。なあに、すぐに返すから心配せんでええ」
いやがる爺さまと婆さまからむりやり雑巾を奪い取ると、二人はさっさと自分の家に帰ってしもうた。
「うわっはっは! これでワシらにも金がたんまり入ってくるぞ! こんないいもの誰が返すものか!」
「さっそくやってみるかのう。そう言えば、言っておったな。拭くときに何か唱えながら拭かなければいけないとか。ジイさま、なんだったか覚えてるか?」
バアさまに聞かれたが、雑巾を奪い取ることばかり考えていたため、よく覚えていない。
「はて、そういえば言っておったな。拭いているときの動作がどうとか?」
「雑巾を拭くのじゃから、たいして意味のあるものでもあるまい。金を手に入れるために張り切って拭くのじゃから、やる気がでる言葉に違いあるまい」
そうしてバアさまは、せっせと「ふこう、ふこう」と唱えながら家じゅうを磨きはじめた。