フラクタル
物質を構成する最小単位のものを発見するのが、私の生涯を賭けた研究テーマだった。
そのために、これまで莫大な予算と時間と人を使ってきた。
過去に何度も「これこそ最小の物質である!」と確信したものもあったが、それが見つかるたびに「ではこの物質を形づくっているものは何だ?」との疑問にぶつかり、さらに小さなものを求める研究を始めるという、イタチごっこのくり返しを重ねてきた。
私が追い求め、最後にたどり着いた最小のものについてまとめた論文を見ながらも、心は空虚をさまよっている。
そうなのだ。
どれほど最小のものであっても、それが存在する以上、それは最小ではない。
認めたくない。
……それを認めてしまっては、私の生涯とはいったい何だったのか分からなくなってしまう。
何より私には時間が残されていない。
明日定年を迎えてしまえば、個人で続けられるほど、この研究は設備も費用もハンパではないのだから。
今後はせめて後進のアドバイザーとして、時々ここに訪れて研究の成果を見守るしかないのだろう。
……これがムダな研究であることは、決して明かさないまま……。
いっそこんな最新の設備や技術などなかった、原子と電子からなる「元素」こそ最小のものであるとされた十八世紀後半がうらやましく思える。
遠い未来には本当に最小のものが見つかっているかも知れないし、あるいは私と同じように、今この時代こそうらやましいと考える者がいるのかも知れない。
どちらにせよ、私がそれを知ることはないということだけはハッキリしている。
落胆しながら研究室の灯りを消して、人物が出て行ったあとには、机の上に論文が無造作に置かれていた。
その中の最小のものの構造について説明に使用されている記号『j』の頭『・』を拡大していくと、元素を形作る素粒子が表われ、それを形づくる小さなものがあり、さらにそれをつくるものがあった。
そこには原子を中心として電子が存在するように、太陽を中心として惑星が存在するように、核を中心とした外郭に暮らす存在がいた。
「あぁ、いったい我々を形づくっている最小のものとは何なのだろうか……」
ひと息つくために、手を伸ばした飲み物のそばには、書きかけの論文が無造作に束ねてあった。




