ふうせん
「パパ、風船ふくらませて」
幼い娘が買い物途中でもらった風船を父親に差し出した。
「よおし、見てろ」
受け取って何度か引き伸ばしてからフウッと小さな玉を作り、口をつまんで軽く振る父に娘は尋ねる。
「どうして少しだけ膨らませるの?」
「こうやって先に柔らかくしておけば、あとから大きく膨らむんだ」
今度は大きく息を吸い込み、フウーッと吹き込む。
「わあ! ホントだ! おっきくなってく!」
娘が喜ぶ姿に、少し頭がクラクラするのを隠しながら微笑んで風船を渡した。
しかし、3日もたたないうちに風船はしぼんでしまう。
「パパ、風船が小さくなったよ」
「そりゃそうだ。ゴムには目に見えない小さな穴が空いていて、空気がゆっくり抜けていくんだ」
「しぼんだらどうしてシワシワになるの?」
「膨らませたゴムが伸びて、元通りになると伸びた分、余ってシワになるんだ」
「ふーん。じゃあパパ、今度これ膨らませて!」
しぼんだ風船に興味を失った娘は、新しい風船を取り出した。
「よおし! 今度はもっと大きくしてやるぞ!」
大きく息を吸い込む父の姿に、娘は瞳を輝かせる。
「神様、人間はどうやって産み出すのですか?」
一人の天使が神様に質問した。
「うむ。よく見ておくがよい」
神は『人間の素』を取り出して、ひと組の夫婦に授けてからフウッと息吹きを送り込む。
「どうしてすぐ人間の形にしないで、受精卵の分裂から始めるのですか?」
「こうやって先に基本的な器官の準備を整えておけば、あとの成長がスムーズにいくのだ」
今度はフウーッと大きく息吹を送り込んだ。
「ああ! 本当です。細胞が次々分裂して、人間の形に成長していきます」
天使が感動する姿に、神様は微笑む。
産まれた赤ん坊に神様が息吹きを送ると、赤ん坊は子供から少年、さらに青年へと成長した。
しかし、百年もたたないうちに人間は歳をとり、老いていってしまう。
「神様、だんだん元気がなくなり、体も小さくなってきましたよ」
「そうだ。いくら神の息吹きでも人間という容れ物の中にいつまでも留まり続けることはできんのだ」
「歳をとると、人間はどうしてシワだらけになるのですか?」
「成長させるために膨らませたのだ。
体が小さくなれば皮が余ってシワとなってしまう」
「ああ、とうとう抜け切ってしまいました」
「うむ。だが抜けた息は再び吾らが吸い込み、新しく産まれるものへ吹き込む。
人間だけでなく、この世のすべての生き物は吾らの息吹が吹き込まれ、抜け出し、また吹き込まれ続けるのだ」
「抜けても消えてしまうのではないのですね?」
「もちろん。絶滅した動物や植物も、すべて次に生きるものへと継がれている。
そしてお前たち天使の息吹きを待ち望んでいる人間はたくさんいるのだ」
神様の言葉に天使は瞳を輝かせながら帰っていった。
……しかし。
時々吹き込み過ぎたり、うっかり中の圧力に押されて抜き出してしまうことがある。
吹き込み過ぎるとプレッシャーに耐えかねて自滅して、抜き出してしまうとたちまち意気消沈してしまった。
慣れぬうちはずいぶんと失敗したものだ……。
神様は、長いようで短い人間の歴史を思い出し、苦笑いした。




