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走馬灯

 検査入院していたおばあちゃんの容態が急変し、帰らぬ人となったとの電話が夜中にあった。


 突然のことに両親はショックを受けたようだけど、ぼくはそうでもなかった。

 こうなることは分かっていたから……。

 おばあちゃん本人から、聞かされていたから。


 おじいちゃんとおばあちゃんの家には蔵がある。

 今は使わなくなった荷物や農機具が押し込んであるけれど、かつてはたくさんの財宝があったそうだ。

 それがなくなったのは1人の先祖が村で飢饉が起こった時に財宝を売り払い、そのお金で村を救ったのだそうだ。

 私財を投げ打って村を救った先祖はすごいなって思う。だけど、たった1つだけ売らなかった財宝があるらしい。どんなものか尋ねても、いつも話をはぐらかされていた……。

 おじいちゃんは戦争から帰ってきてずっと農家を続け、4年前ぼくが11歳の時に亡くなり、その後おばあちゃんは一人で暮らし、近くに住む叔父さんが様子を見ていた。

 おばあちゃんが検査入院することになった時はすぐに退院すると聞かされていてあまり心配していなかったけど、お見舞いの時におばあちゃんはぼくにそっと耳打ちした。


「あたしはもうすぐ死ぬんだよ」

「どうして? すぐに退院できるって先生も言ってるよ」

「そんなのウソだよ。あたしはここで最期を迎えるのさ」

「そんなこと言わないで」

「そうだね。その代わりにいつも知りたがっていたことを教えてやろう。ご先祖さまが1つだけ売らなかった財宝はね、仏壇の横に置いてある走馬灯なんだよ」

「え、あの走馬灯?」


 正直言って拍子抜けした。あの古ぼけた走馬灯が財宝だなんて。だったら残したんじゃなくて、残ったんじゃないか。

 これまでおばあちゃんが話をはぐらかしていたのはそういうことだったのか……。


「あれは人を不幸にしかねないものなんだよ。だけど幸福と思う人にとってはとても価値があるものなんだ。だけど人は往々にそれを不幸と感じてしまうからねえ」

「どういうこと?」

「おまえはまだ教えても分からないだろうし、分かってもやっぱり不幸だと感じるだろうさ。だけどね、もし分かることがあったらそれは幸福だと思うんだよ」

「さっぱり意味が分からないよ」

「分からない、分からない。それでいいんだよ」


 結局おばあちゃんはそれしか教えてくれず、そして、病院で息を引き取った。


 帰ってきたおばあちゃんは、まるで眠っているかのように安らかな顔をしていた。集まった親戚も、おばあちゃんがめったに会えない親戚を引き合わせてくれたんだろうと言っていた。

 でもぼくは、仏壇の横に置いてある走馬灯が気になって仕方なかった。


 あれから12年たった。

 仕事に追われ、走馬灯どころかおばあちゃんのお墓にも満足にお参りできない時間が過ぎ、気がつけばもう30歳間近。

 今年は墓参りを理由に夏休み中の息子と、妻を連れて今では叔父夫婦が暮らしている家に泊りがけで遊びに行くことにした。

 仏前で手を合わせると、息子もまねをして一緒に手を合わせる。やっと孫を会わせることができたみたいで、なんだかホッとした。


 その夜、僕は1人仏間で眠ることになった。

 息子は妻と一緒に客間で眠っていて僕にもそうするよう進められたけど、1人だとじっくり走馬灯を調べることができる。

 正直言って、ここに来た本当の目的はこれだったと言っていい。

 お盆ということもあり、仏壇前に置かれている走馬灯をしばらく調べてみたけど、古臭いだけで、これといって変わったところは何もない。

 ただ、古い物のはずなのに汚れや破れている個所はない。きっと叔父さんが手入れしているのだろう。


 走馬灯に火を入れて、電灯を消すと、古くてもちゃんと動く。

 ロウソクの温かく優しい光を通して、動物や花の景色が壁に表われては消えていく……まるではかない人生をそのままうつし出しているいるかのように。


 幻想的な光景にしばらく見入っているうちに、僕はクルマを運転している夢を見ていた。

 いつも仕事で通る慣れた道だ。

 いつもどおりの風景、いつもどおりの交差点。

 信号が青に変わり、アクセルを踏み込んだその時、右から大音量のクラクションとトラックの影が……。

 ……心臓がバクバクして、額からアブラ汗をしたたらせながら目が覚めた。

「なん……だ、今の夢は?」

 リアル過ぎだ。

 突っ込んできたトラックが、運転席側を僕もろとも押し潰した瞬間、粉々に砕けたフロントガラスのすき間から見えた青空とは対照的に、絶対にそっちの方向に曲がるはずのない僕の右手と膝の見分けがつかないほどペシャンコになっているなんて……。

 その時、僕はおばあちゃんの言葉を思い出した。

『あたしはもうすぐ死ぬ』『この走馬灯は人を不幸にするもの』

 まさか……これは、自分が死ぬ時が見える走馬灯なのか? だったら僕は事故で死ぬのか?

 そんな、まだ息子も幼いし、やりたいことだってたくさんあるのに。

 使わなきゃよかった……。

 まさか、こんなものだったなんて……。


 自宅に帰ってからも、僕は落ち込んでいた。

 もうすぐ僕は死ぬ。

 大切な妻と息子を残して……。

 そんな僕を心配して、妻は何かと気づかってくれるのだけど、だからこそ本当のことは言えない。

 僕が死んでしまったあと、なおさら苦労をかけることが分かっていて、まだ生きているうちから心配なんてかけたくないから。


「いいかげんにして!」

 ある日の夕食の途中、妻がいきなり大声で叫んだ。

「実家に行ってからっていうもの、いったい何があったっていうの!?」

 改めて妻を見ると、焦燥しきって目には涙を浮かべている。

 ……ああ、なんてことだ。

 ……この顔は僕とまったく同じだ。

 心配をかけさせまいとしたことが、余計に心配をかけさせてしまっていたんだ……。


 僕は、子どもの頃からの話と、おばあちゃんのこと、このあいだ見た死に際の夢のことなど、何もかも隠さずに妻に話すことにした。

 すると話を聞き終えた妻は、意外にも笑い始めた。

「よかった……そんなことで……」

「そんなことって……」

「違うわ。確かにそれは現実に起こり得るかも知れないけれど、それを先に分かっていたのなら事故を避けられるってことじゃないの」

「あっ!」

 なんてことだろう。妻に言われるまでそんな簡単なことに気づかなかった。

 そうだよ! おばあちゃんも言ってたじゃないか。走馬灯を使った時には、それが幸福だと思えるようになってくれって。

 つまりは、見えた光景に悲観してしまうことなく、そうならないための警告として受け止めれば、不慮の事故から身を守れる確実な道具といえるだろう。


 妻のアドバイスのおかげで僕と衝突するはずだったトラックは、目の前を突っ走ったあと、2分とたたないうちに警察に捕まったが、1人のけが人も出ることはなかった。

 こうして僕は事故からまぬがれることができた。

 今ではおばあちゃんが病院のベッドで話してくれたことの意味がよく分かる。

 いつか、まぬがれることのない死を迎えることになるのだろうけれど、家族だけでなく、人に迷惑がかかるような死だけは避けたいと思ってる。


 この走馬灯によって、どれだけの人が自分の死を見てきたのだろう。

 ほとんどの人は絶望したと思う。

 だけど、何人かは僕のように道具の1つとして利用した者もいるんじゃないかな。

 幾たびもの窮地を乗り越えて、戦争から無事に帰国したおじいちゃんもそうだったのかもしれない。

 それよりも、飢えに苦しむ村の人々をしり目に財宝をため込んでいたため、村人に襲われる夢を見た先祖が、あわてて私財を投げ打った……なんてことじゃないことを祈りたい。


 僕のめぐらす想像なんてこれっぽっちも気にかける様子もなく、走馬灯は幻想的な光景を、くり返し、くり返し……壁に投げかけ続けている。

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