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赤い汗

 水面に半身を浮かべてゆっくり近づく影がある……ワニではない。

 もっと丸みを帯びた姿、カバだ。


 彼の向かう先にはいつものエサ場がある。

 豊富な水草があり、周辺の動物たちの多くが利用しているが、そこは同時に彼ら草食動物だけのエサ場ではない。彼らを狙ってやってくる肉食動物たちのエサ場でもあった。


 エサ場とは、自らを生きながらえさせるために何かを喰い、そしていつ自分がその逆の立場になるかも分からない生死の境界線上を意味し、喰うものも喰われるものも、命を紡ぐという意味では同じラインの上にいる。


 エサ場に着いたカバはより慎重に辺りの様子を窺う……今日は安全そうだ。

 他の動物や鳥たちものんびりと食事をしている。


 カバも早速エサを食べ始めた。

 いつもと変わらない草を食べていると、いつもと違う味がしてきた。

 仲間の動物たちの血が混じったものではないが、決して食べ慣れている味ではない。


 危険だ!


 カバはすぐ食べるのをやめ、エサ場から離れることにした。

 その直後、背後からいくつもの銃声が聞こえた。


 もうあのエサ場は使えない。1度でも人間を見かけたエサ場には近寄らないようにしてこれまで生き伸びてきたのだ。

 カバは冷や汗をかきながら、新しいエサ場を探して立ち去った。



「おい、確認されていたカバが1頭、捕獲されていないな」

「うまく逃げ出したか、いや、この場合ヘタに逃げ出したというべきか。

 もうすぐこの地域は生き物が生きていけなくなるんだ。今のうちに、できるだけ保護しなければならないっていうのに」

「ああ、世論では動物より人間の補償を叫ぶ声が高まってる。オレたちもあと何回こうして保護に来られるか……」


「ところでカバの汗って、赤いの知ってるか?」

「血がにじむような思いで生きてるってか? 絶対ウソだろう」

「本当だって。血じゃなくて汗らしいんだけど」

「ふん、信じられないな」

「じゃあ今夜の飲み代を賭けるか?」

「いいとも、もちろんだ」


 麻酔で眠らせた動物たちをトラックに慎重に乗せ終わった男たち。


 ……喰うか喰われるかの生死の境界線上に立ったことのない男たちの頭には、救えなかったカバのことなどすでにない。

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