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途中下車

 通勤帰りに、いつもは何も思わず通り過ぎている各駅停車しか止まらない小さな駅で降りてみた。

 興味をひくものがあったわけでもなく、本当に気まぐれの思いつきだ。あえて言うなら仕事で気分がまいっていたからなのかもしれない。


 降りたそこは、まだ8時にもなっていない駅前だというのに、人通りも少なくクルマも時々通るだけの寂れた静けさがあった。

 気まぐれとはいえ、どうしてこんな所で降りてしまったのか、はや後悔し始めたとき、1軒の居酒屋があることに気づいた。

 表から縄のれん越しに中をのぞくと、純和風の雰囲気がなかなか良さそうだ。幸い財布には少し余裕がある。せっかくここまで来たのだから、ちょっと寄っていこうか。


 のれんをくぐると小綺麗なカウンターにテーブルは1席だけですでに先客があったため、カウンターに座った。

 迎えてくれたのは特に美人というほどでもない四十代初めといった女将。しかし、初対面だが人に安心感を与える……もてなしの心遣いが感じられる。


 ビールを1本頼んで、今日のおすすめを尋ねるとブリの照り焼きと言った。

 好物だったので喜んで注文し、いただいてみて驚いた。

 まさに子どもの頃から慣れ親しんだ母親の味付けと同じだったのだ。


 ご飯を注文して子どものようにほおばる姿を、女将は何をするでもなく、まるで空気のようにさりげなく見ていた。

 その心遣いもまた心地良い。

 私は照焼きのひと皿ですっかり満足してしまい、ビールもそこそこに店を出ることにした。


「美味しかったよ」

「ええ。今日、あなたが来られることは分かっていました。こんな時は、またいつでもいらしてください」

 店を出て、店の名前を覚えてなかったことを思い出して振り返ると、たった今出たはずの店は影も形もない。


 ……しかし私には満腹感と心の温もりが心地良かった。


 次の日からまた毎日の激務が始ったが、疲れた時わたしはまた途中下車するだろう。

 そこにはあの店が待っていてくれるに違いない。

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