政治の危機
つい小1時間ほど前までブルーシートに暮らしていた俺は、今、国会議員専用の地下シェルターの、さらに地下にある超国家機密だという施設の一室に、VIP待遇で迎え入れられている。
ことの始まりは、俺の『ハウス』を訪ねてきた2人の黒服の男からだ。
理由は分からないが日本の政治が大ピンチで、俺の力が必要らしい。
……もうずっと前から大ピンチだろう、なんてことは口が裂けても言えない。
……いや、本当に裂くって言われたらもちろん言わない根性なんてない。
ぼちぼちの大学を卒業して小さな会社に就職し、パッとしない営業成績のまま、突然リストラされた俺に日本の政治のピンチが救えるわけがないと突っぱねたが、彼らは俺の誕生日と血液型、病気の有無、親兄弟の名前、履歴のすべてを確認して間違いないと言った。
個人情報保護法なんてあったもんじゃない。
ともかく、ついて来てくれるなら飯も食わせてくれるし、仕事ももらえるかもしれないと言う。
長いことろくな飯を口にしていない俺はこの言葉につられて黒塗りの高級国産車に乗せられどこかに連れてこられた。
まず風呂が用意され、その後、庶民は一生縁がないだろう超高級レストランで、和・洋・中すべてのメニューが食べ放題という信じられない待遇が待っていた。
夢じゃないか、いや、夢だろう。
それともとんでもなくアブナイことをさせられるんじゃないかと思ったが、この料理を前にすると、魔女に太らされて食われても構わない気分だ。
……どうせ、今の生活より落ちるなんてことはないんだ、ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか。
腹がいっぱいになって施設の中を移動させられたが、食い過ぎで苦しい。
うっぷ。でも吐くもんか、次いつ食えるか分からないんだ。
「やあやあ、ようこそおいで下さった」
部屋に入って来たのは、見覚えのある顔……え!?
総理大臣じゃないか!
「いやいや、突然のことで驚かれただろう。詳しい説明はすぐにするだろう。今の日本の危機を救えるのはあなたしかいないらしいのだよ」
「はあ、それらしいことは聞きましたが、俺、いや、ボクにはサッパリ分からないのですが……」
「そうだね、案内しよう」
総理自ら案内されたのは、声や指の静脈や網膜やらの認証確認を何回もしなければならない、何重もの扉に守られた正面に大きな窓しかない一室……。
窓の外を見ると、広い体育館ほどのホールが見渡せ、眼下には等間隔で置かれた大きな黒い円柱が立ち並び、手前にクリーンルームの着衣姿の3人がモニターの前に座り、忙しげにキーボードを叩いている。
「ここが日本の政治の中枢なのだよ」
言葉の意味が分からずにいると、せき払いをして総理は続ける。
「国民が政治の中心と考えている国会は、実は政治などしていないのだ。そもそもあれだけの人数が船頭をしていては、まとまるものもまとまらない。
そこで、我が日本国は世界に先駆けてあらゆる政治的決定を、個人感情に左右されないコンピュータに委ねることにしたのだ。
これがそのスーパーコンピュータ、Jam9400i型。通称「ジャン」だ。
国内外を問わずあらゆる情報を瞬時に取り込み、正確な判断を下し指示を出す。
もう日本では何年も前から国会議員はジャンの指示に従って、ジャンの作った原稿を読み、発言しているに過ぎない。
そうでもなければ、あれほど大もめにもめながら国政などできるはずがないだろう。
まあ、だから有利になる党に人が流れたり、感情に左右されないがための失言をさせられたりすることもあるんだかね。はっはっは」
大笑いする総理を見ていてだんだん腹が立ってきた。
……じゃあ何か? 俺たち国民が青息吐息だってのに、国会議員は自分の利益になることばかり画策するだけで、肝心の政治はコンピュータ任せってことか!?
俺はリストラされる以前に毎日感じていた、政治家の無責任さの根底がやっと理解できたような気がした。
最終的な責任は機械であるコンピュータに押しつけることができるため、本人たちには元から責任感なんて無かったんだ。
……と、言ってやりたかったが、上司にさえ反論できなかった俺が、ましてや一国の総理大臣に反論できるはずもなく、出せたのは「はぁ」と、気の抜けた返事のみ。
我ながらホント情けない。
「それで、ボクはいったい何をすればいいんでしょう? コンピュータのことなんて、せいぜいワードかエクセルが使える程度で……」
「いや、何もコンピュータをどうにかしてくれというものじゃない。ここには専門のスタッフがいるから、君がいたところで何も……オホン! いやいや」
「じゃあいったい何を……?」
「引き受けてくれるかね!」
「いや、だからまだ内容を何も……」
「いやあ、さすがはジャンが選び出した最適の人物だ。必ず引き受けてくれると信じていたよ。では、こちらへ来てくれたまえ」
「い、いえ、だから俺は……」
……何も聞けないまま強引に引きずられ、なすがままさらに奥の一室へと連れ込まれた。
そこはさっきまでの最新施設っぽさがなくなり、和風の雰囲気が感じられ、入ってきた扉の正面にもう1つ扉があり、かすかにお香の匂いがしている。
「では、私が案内できるのはここまでだ。あとは奥の者の指示に従ってくれたまえ」
「え? ちょっと、何の説明も無しで行かないでください。そもそも極秘のコンピュータの説明してもらった意味ないじゃないですか」
「ああ、この場所に来るにはどうしても通る必要があったからね。まあ、無理を頼んでいるお礼のようなものだと思っておいてくれ。じゃあよろしく」
「あ、ちょっ、ちょっと!」
総理が出ていった扉は、しまると同時に“プシュ カチャン カチャン”と、外からは頼もしかろう、俺には絶望的な音をたてた。
「どうなっちまうんだ、やっぱり飯と職につられなきゃよかったか……」
後悔しながら独りごとをつぶやいていると、奥の扉が開く。
誰が出てくるのか、身構えて待っていると、
「あんれ、おまえさん。そんなにコワがらなくてもええわいなあ」
変な言葉遣いの巫女装束の女性が、そそっと出てきた。
「ほな、おまえさん。わらわのあとについ来るわいなあ」
また何の説明もなしに、ついて来いか……。
「聞くのはムダなんでしょうけど、ボクはどこに連れて行かれるんです?」
「おまえさんを呼んだのは、お屋形様だわいなあ。そやさけ、お屋形様のところに連れて行くわいなあ」
「お屋形様はなぜボクを呼んだのです?」
「お屋形様のお考えは、お屋形様しか分からんわいなあ」
やっぱりダメだ。
仕方なく女性のあとをついていくけど、この人、平安時代の絵巻に描かれている女性のイメージにそっくりだ。言葉遣いもそうだけど(そうなのか?)まるで過去からタイムスリップして来たかのようだ。
なんだか、さっきの最新コンピュータとのギャップが激しい。
そのうち、だんだん周りの造りが本当に和風……というか、白木で作られた神社のような建物になっていく。
「お屋形様、お連れしましたわいなあ」
「お入りいただきなさい」
長い廊下の突き当たりにある障子の奥に向かって女性が声をかけると、中から凛とした、これまた女性の声がした。
案内してきた女性が障子を開けて、中に入るよううながす。
まな板の上のコイの気分で部屋に入ると、ここもまたいっそう豪華な白木造りで広く、部屋の中央には祭壇らしきものがあり、その奥に時代劇で出てきそうな、天井から布をつるして三方を覆った玉座(?)の中に、影ではっきりとは見えないけど十二単を着ていそうな女性が座っているのが見えた。
「何ぶん、ことがことゆえに充分な説明もせずおいでくださったことに感謝します」
ああ、やっと理由が分かるんだ。
「今、日本の政治は危機に瀕しているのです。あなたにはそれを救っていただきたいのです」
「あ、はい。ここへ来るまで何度かそれはうかがいましたが、ボクには何がなんだか分からなくて」
「実は、早急に良質なカメの甲羅を集めてほしいのです」
「はあ、カメの甲羅……へっ、カメの甲羅あぁ!?」
「古代から我が国は亀甲占いにてまつりごとを司ってきました。そしてそのための甲羅も多く蓄えてあったのですが、近年、特にワシントン条約の影響でカメの甲羅の在庫も少なくなり、あと数年ですべての甲羅を使い切ってしまうのです。
そうなってしまう前に、多くのカメの甲羅を手に入れなければなりません。その大切な役割りをあなたにお願いしたいのです」
頭の中がまっ白になった。
高級車で連れて来られ、高級料理の食べ放題。総理と直接面会。そして国政のすべてを操るスーパーコンピュータときて、ここで亀甲占いのカメの甲羅を探せ?
前フリがなければ、この人……それとも俺の頭がどうかしているとしか思えない。
「……カメって、あのカメですか?」
「固い甲羅を持ち、水辺で暮らしているカメです」
……断言された。
「え、でも……」
戸惑っていると、女性はクスッと笑いながら厚い布(カーテン?)の中から出てくる。
40代くらいだろうか、平安美人を想像していたけどごく普通に綺麗な人だ。とても清楚な印象を受ける。
「信じられないのは承知しております。ですが、決してふざけているわけではないのですよ。これをごらんください」
女性が中央の祭壇まで進み出ると、真上の天井からこの屋敷(?)に似つかわしくない最新っぽい器械が降りてくる。
「これは最新のテレビカメラの約12万7千倍の解像度を持ち、X線、赤外線など各種光線も同時に解析し、即時にコンピュータで画像分析することができる装置です」
「はあ……」
「この祭壇で焼かれたカメの甲羅のヒビを瞬時に解析できるのです。ここへ来る途中、コンピュータが並ぶホールを見たでしょう。あれはすべてこの占いで出される結果を蓄積しているのです」
「え、いや、でも、総理大臣は世界中の情報を集めて政治のすべてを決定するものだと……」
「そうです。すべての情報を集めています。この占いで出されたすべてを」
もう、何が何だか分からなくなってきた。
ウソかマコトか分からないが、俺たち国民の生活はすべてカメのヒビ割れにかかっていたのかと思うと、もう、腹立たしいやら何やらを通り過ぎ、おかしくなってきた
「どうでしょう、この国に関わるとても大切で重要な仕事を引き受けてはくれませんか?」
そりゃあ、今は無職の身だ。仕事をくれるなら何でもやるつもりだけど……。
「だけど、これだけは教えてください。どうしてボクが選ばれたんですか?」
「あなたのことを占いました。名前も居場所も分かりませんでしたが、お名前も居どころも寸分違わず当たっておりましたでしょう。
これはあなたにしか出来ないのです。そう、浦島太郎の子孫でなければ」




