いつか帰ってきた時に
小さな島のある村で、一人の女が川で洗濯をしていた。
いつもは村の他の女たちと同じ時間におしゃべりしながらする洗濯だが、生まれたばかりの赤ん坊がいるため、おしめをこまめに洗いにこなければならないため、今は彼女一人しかいない。
この村には時に刀を持った恐ろしい妖怪が出没するため、女は時おり顔を上げて辺りを警戒する。
大勢の時は安心だが、一人を狙って襲われることがあるのだ。
そんな危険な場所だったが、赤ん坊からは目が離せないため体をすっぽり覆うベビーラックに入れて連れて来ている。このラックはとても頑丈で、たとえ妖怪に襲われても安全に作られてある。
どこかにそんな油断があったのかも知れない。
赤ん坊から目を離した隙に妖怪たちが襲って来たのだ!
女は必死で抵抗したが、武器を持ち多勢に無勢……一匹がラックをつかんで走り出す。どうやら赤ん坊が狙いだったらしい。
群がる妖怪を振り払いながら気も狂わんばかりに追いかける女の剣幕に怯えた一匹は、あろうことか、ラックを浮き代わりにして川へ飛び込んだ。
女も迷うことなく後を追って飛び込んだが、その先には大きな滝がある。
それまでに追いつかなくては!
追う女。
逃げる妖怪。
あとわずかで指先が届くと思った瞬間、妖怪が滝壺へと飲み込まれ、叫び声をあげる間もなく、女もまた滝壺へと真っ逆さまに落ちて行った……。
村人が妖怪の死骸と瀕死の女を見つけたのは、夜を徹し空が白み始めたころのことだった。
しかし、赤ん坊はついに見つからなかった。
女はそれ以来すっかり気落ちし、床に伏せることが多くなった。
あのラックに入っていれば、滝から落ちようとも必ずどこかで生きているはず。
生きていてくれれば、必ず会えるに違いない……。
それから十数年がたったころ。
村へ三匹の妖獣を連れた若者が現れた。
村人たちは息をのんだ。
間違いない! あの時、行方不明になった赤ん坊だ!
喜んで迎え入れようとしたが、若者はあろう事か村人に襲いかかったのだ。
生まれてすぐ妖怪に育てられたため、人間を敵だと思い込んでいるのだろう。
あの女……実の母の説得にも耳を貸そうともせず暴れる若者を、村人は迎え撃つこともできない。
仕方なく倒されたフリをして降参すると、ようやく若者は落ち着きを取り戻した。
村人は、妖怪とはいえ赤ん坊をここまで育ててくれたの親への感謝をこめて、村から集めた財宝を持たせて帰らせることにした。
去りゆく小舟を見送りながら、母は涙を流しながら手を降り続ける。
どれほど我が子を抱きしめたかっただろう。
どれほどあの時のことを詫びたかっただろう。
母の気持ちを察して村人も涙を流して手を振った……。
その後、母は元気を取り戻し、新しい赤ん坊にも恵まれた。
もう一人で洗濯に行くことはない。あれ以来、どんな時でも村人が協力してくれている。
まだ見ぬ兄がいることを、母はいつも我が子に話し、そして、兄が帰って来た時には、優しく迎えるよう言い聞かせている。
「だけど、妖怪に育てられて、この村を襲った兄様なんて……」
ふてくされる子に、母は優しく答える。
「幼い間、私たちは妖怪と見分けがつかないの。だから妖怪も兄様のことを妖怪の子だと思ってる。
ところが成長して人間の子だと分かったら、妖怪はどうすると思う?」
「……兄様が、殺されちゃう」
「そう。だけど、もっと悲しいのは自分を妖怪だと思いこんでいた兄様のほうなの。
人間でありながら妖怪に育てられた。そればかりか人間の村まで襲い、そこで本当の母と名のる者がいた。
すべてを知った時、兄様はどんな気持ちになるでしょうね。だから、私たちが兄様を許し、迎えてあげなければならないの」
「……うん」
涙を浮かべる子を、母はギュッと抱きしめる。
「それじゃあ、兄様の名前は何ていうの?」
母は少し微笑む。
襲って来たとはいえ、たくましく成長し、堂々と名のった我が子が嬉しかった。
「今は、日本一の桃太郎と呼ばれているのよ」




