最後の悪事
部屋の片隅で、A、B、Cの3人の男が声をひそめて話し合っていた。
一獲千金を得る方法だが、もちろん新しい企業を起こそうといった前向きのものではなく、犯罪で大金を得ようという後ろ向きの話だった。
彼らは空き巣を繰り返すコソ泥で、大金に興味はあるが、小さな収入で日々なんとかしのいでいた。
だが彼らは、起死回生の大金を得なければならない理由があった。
できるなら一生ケチなコソ泥を続けて、塀の中と外を出たり入ったりする生活を続けたい。
それが一番性に合っている。
しかし今回ばかりは、言っていられない。
仲間のうちBとCがヤクザがらみのギャンブルに手を出して、多額の借金を背負わされてしまったのだ。
彼らは空き巣であり、警察に助けを求めることもできない。
返済するには、毎日必死に額に汗してコソ泥を働か(?)なければならないのだ。
このままでは、稼ぐすべてを借金の金利として支払わなければならなくなる。
それはかんべん願いたい。
そこで起死回生の一発に出ることにしたのだったが……。
最初に提案したのは銀行強盗だ。
あそこほどたくさん現金を持っている場所は他にあるまい。
首尾よく脅して現金を奪って逃げればかなりの金になる。
しかし、昔ながらの方法で襲ったところで、銀行の防犯に対する体制も整っていて、失敗するのは目に見えている。
その上で成功させる方法など、自分たちの頭で思いつくはずがない。
次に思いついたのは現金輸送車を襲うことだが、最近テレビで見たの現金輸送車の警備方法と、輸送車に取り付けられている金庫の頑丈さを知っただけで襲う気がなくなった。
そもそも、3人とも警察に指紋を採られている。何をするにしてもリスクは大きい。
「だがよう……」
Aが吸い殻の山となった灰皿にタバコをねじ込みながらつぶやく。
「だいたい何をすればいいか見当もつかないよなあ……いい案ないか?」
「俺たちにアイデアがすぐに出せるようなら、コソ泥なんてやってないよな」
「それを言うな……考え始めてもう3日目か、こうしている間にも金利ばかり上がっていくんだな」
3人はそろってため息をつく。
「オレ様にイイ考えがあるぜ!」
突然彼らの背後からかん高い声が響き、驚いて振り返っても誰もいない。
「今の声、聞こえたよな?」
「あ、ああ。聞き違いじゃなかったと思うんだが」
「3人そろって聞いたんだ。間違いないだろう?」
周囲を見回したが何もない。
うす気味が悪くなってきた。
確かにこの部屋は格安だったが。
「どこを見ている! ここだここだ!!!」
再び声がして……カップラーメンの空きカップが転がる畳に目をやると、何やら黒いものが立っている。
「ネ、ネズミがしゃべってる!」
「どう言うこったい?」
「なんだコイツ?!」
「ネズミなどではない! よく見ろ!」
口々に叫ぶ彼らに、黒いものはキイキイとかん高い声で反論する。
3人が顔を近づけマジマジ見つめると、2本足で立ち上がった羊の頭を持つ、人間のようなものがいる。
「「「な、なんだーーーーーー!!!」」」
3人は同時に腰を抜かす。
「なんだも何もあるものか。オレ様は魔界にその名を轟かす悪魔、ティシア・シン・クリフィズモス男爵であるぞ!」
悪魔と名乗ったものは、自慢げに片手を上げて見せる。
「ティッシュ?」
「ティシアだ! チリ紙といっしょにするんじゃない!!!」
悪魔とはいえ、地団駄踏んで怒ってもサイズが小さいので迫力がない。
「……まあいいや。さっきお前イイ案があるとか言ったよな?」
「まあいいで済ませやがったな……オホン、ああそうとも、お前たちがノドから手が出るほど欲しがっている一獲千金の金が手に入る話があるのだ」
Aが尋ねると、せき払いしながら偉そうに応える。
「それが本当なら聞きてえ!」
「おお、聞かせてくれ」
「教えてくれ! ティッシュ」
「ティッシュって呼ぶんじゃねぇ!!! 男爵であるオレ様を怒らせるとお前たちの暮らす街など数時間で殲滅させることができるのだぞ! オホン、それでは教えてやろう」
「怒っているわりに気前いいな」
「黙ってきけ!! 全員正座!!!」
男爵に怒られ、大金が欲しい彼らはあわてて座り直す。
「お前たちのような人間に、まともに働けと言っても、しょせんムダなことは分かっている。だからといって大きな悪事に手を染めて大金を稼ぐことなど到底ムリな話だ。しかも、宝くじを買ったところで当るだけの運もない……」
男爵は畳の上を歩き回りながら、男たちに耳の痛い説教を始める。
「そこでだ! お前たちのようなやつが一獲千金を得られるとすれば!!!」
すれば……!!! 男たちの期待が高まる。
「ギャンブルだ!」
そのとたん、男たちは仰向けに転がった。
「なんだよう、期待したじゃないか!」
「そんなもんで稼げるなら、俺たちはとっくに億万長者だよな」
「そもそもこの追い込まれたってのは、ギャンブルなんだぜ」
「話を聞け! もちろんお前たちだけでギャンブルにいくらつぎ込んだところでも勝てない。
しかし、このオレ様がつくとなると話は別だ」
自信満々の男爵だったが、男たちは顔を見合わせる。
そう言われてもこんな小さな悪魔にそれほどのチカラがあるとは信じられない。
「……だがよう、そんな小さいクセに本当にチカラあるのか?」
「我輩がこんなに小さくなったのは、お前たちのせいではないか!!!」
男爵はABCに、キイキイと苛立たしげに言った。
「俺たちのせい?」
「そうだ! 悪魔は産まれてからしばらくは人間の悪意を吸って成長するのだ。
その間に人間の悪を知り、狡猾さを身につけ、いずれ人間そのものを陥れる立派な悪魔になる。
ところがお前たちといえばどうだ!
悪事を始めようとした初心を忘れ去り、その日暮らしの小悪をだらしなく繰り返す毎日。
せっかく悪意に火をつけるために新しい仲間を増やしてやれば、同じようにグータラな生活に巻き込まれ、さらに仲間を増やしてやると、これもまた同じ……。
こうなったら仕方がない、どうしても大きな悪事を働いてもらう必要があったのだ」
ビシィ! っと男爵が指をさす。
「だ……、だったら今、俺たちがこんなに追い詰められているのは……」
ウンウンとうなずく男爵。
「全部てめえのせいか!!!」
「ぐわあ!」
「いいか! てめえさえ余計なことをしなければ、たとえ芽が出なくてもなんとかやって行けたんだ。このままだと一生飼い殺しになってしまうんだぞ!!!」
両手でギュウウッと締めつけられながら、男爵がその言葉を聞いたとたん、待ってましたとばかりに笑顔を浮かべる。
「オホン、だから、一獲千金を与えてやると言ってるだろう! さっさと手をはなせ!」
「……じゃあ、具体的にどうすればいいんだ?」
Aは男爵を床に降ろして尋ねた。
「だからギャンブルをしろと言ってるではないか。オレ様のチカラで勝たせてやる」
「それはそうとよう……」
恐る恐るBが口をはさむ。
「俺、なんかで読んだことある。悪魔と契約して望みが叶ったら、命を取られるとかなんとか……」
「何! 死んじまうのか?」
3人はあわてて男爵から離れ、壁際まで後ずさった。
「オホン、本来ならそうなのだが今回は特別だ。
お前たちが契約を破らなければ魂を奪ったりはしない。
よし、契約内容をまとめてやろう」
「1つ、オレ様はお前たちに一獲千金の大金を与えてやる。
2つ、お前たちはオレ様から与えられた大金から借金を返済し、自由の身になれる。
3つ、残りの金はオレ様を大きくするためすべて悪事に使う。
この3つを約束する限り、お前たちから魂を奪わないし、警察にも捕まらないようにしてやろう」
「それって……大金が入って、借金がなくなって、悪いこと放題ってこと? いいんじゃないの?」
Aが仲間に顔を向けると、彼らもうなずく。
「よし! 決まりだな。それでは契約書にサインしてもらおう」
そう言ったとたん、天井から1枚の紙がヒラヒラと舞い降りてくる。
紙には男爵が言ったとおりのことが書かれ、3人分の名前と指紋を捺す個所がある。
「これ、血で書かないといけなかったりするの?」
Bが不安そうに尋ねると、男爵は首を横に振る。
「いいのいいの今は。そんなことをすると契約イヤがるやつが増えたから、赤のボールペンで名前書いて朱肉で拇印押しな」
「結構いい加減なんだな」
ABCが書き終え、男爵との契約が成立した。
「……で、どうする?」
「どうするって?」
「何が?」
BとCの返事に、Aは1発ずつゲンコツを入れる。
「ギャンブルだよ! 何に賭けようかって話だ!」
「あーっと、絶対勝てるなら、手っ取り早く角のパチンコ屋行くか。俺だいぶ玉を貯金してるからなあ」
「パチンコで一獲千金って、いったいどれだけ時間がかかると思ってんだ!」
「そうだ! 明日G1レースがあるじゃないか」
Cの提案にAはパチンと手を鳴らす。
「それだ! ウマなら一獲千金が狙えるぞ! おいティッシュ、それでいいか?」
「ティシアだと言っているだろう!!! オホン、それでいいぞ。では明日だな」
そう言い残し男爵は姿を消した。
次の日、3人は意気揚々と競馬場に現れた……が、男爵がいない。
部屋でも呼んでみたが現れなかった。
それでも契約したのだから勝たせてくれるだろうと、あり金をかき集めてやってきたのだが……。
「おい、どれがくると思う?」
「やっぱり本命だろう」
「いや、一獲千金なんだから一番人気のないこのウマだろう」
「何をしている? さっさと第1レース11番のソレハダメカモーを買わんか」
G1の本命、最終レースを予測していると、いきなりAの耳もとで声がした。
「うわ、ビックリした。いたのかティッシュ」
「だから、ティ……! さっさとあり金全部、ソレハダメカモーを1点買いしてこい」
「全部か? しかもこのウマ最低人気だぞ」
「お前たちのあり金全部といっても大したことはないだろう! 本命のギャンブルにテラ銭がなくて、どうして勝負しようってんだ! さっさと行ってこい」
キイキイ怒鳴る男爵に、あわててBが券売所へと走り、最低人気のソレハダメカモーを4万2000円……大の男3人のあり金全部で1点買いした。
ファンファーレが鳴り、各馬がゲートに並んで一斉にスタート!
祈るような気持ちで見つめる3人。
先頭は1番人気、5番のココデイクカヨー。
ソレハダメカモーはスタートから出遅れている。
「話が違うじゃねえか!!」
「うわ、ダメだ!」
「どうする? どうする?」
ところが最終コーナーを回ったところで、大外から前を走るウマたちをゴボウ抜きにして先頭に迫ったソレハダメカモーは、ゴール直前、先頭に追いついた。
「……写真判定の結果1着ソレハダメカモー、2着ココデ……」
放送が流れたとたん場内は大きなざわめきに包まれた。
配当は970万7490円……第1レースから波乱に満ちた大荒れのレースが始まった1日だった。
「もう入らねえ! もう1つ袋持ってこい!!」
Aの歓喜が場内に響く。
レースも終盤に差しかかっているが、まさに一獲千金だった。
すでに金は億を超えている。
これほど儲かっていれば、おこぼれを頂こうとあやしげな男たちが集まってくるはずだが、まったく来ない。
男爵のチカラで守られていることに、ABCの3人は金に目がくらんで思いつきもしない。
そして最終レースを迎えた。
男爵が指示したのは、それほど配当がない大本命だった。
「おいおい、何を言ってるんだ。ここまできてそれはないじゃないか。最後はハデに万馬券でしめようぜ」
「お前こそ何を言っている。勘違いするなよ、手もとに金がいくらあると思っているんだ?
それで不服だって言うのか? オレ様は欲に目がくらんで散々な目に合った人間をいくらでも見てきたんだぞ」
悪魔にさとされて、少し頭を冷やしたAが改めて足元を見ると、札束が詰まった紙袋が6つある。
言われるがまま本命に端数の6千万円を賭け、少ないとはいえ元金が大きいだけに、4百万円の配当金を受け取った。
大金を手にした3人は、競馬場からその足でヤクザの事務所に向かい、借金を清算した……彼らだけなら行かなかったかもしれないが、契約を破れば魂が奪われるのだ。行かないわけにはいかない。
その後アパートまでタクシーで帰宅し、運転手にはご祝儀に1万円を釣りはいらないと手渡した。
「わははは! 1万円渡して、釣りはいらないなんて! 俺たちってなんてお大臣!!!」
3人は部屋のまん中に札束をぶちまけ、両手ですくって部屋中に飛び散らせる。
「早く分けようぜ金!」
「これだけあれば、もうコソ泥なんてしなくていいかも」
「とりあえずフレンチのフルコースなんて食べたいなあ!」
「何言ってるんだ、最高に贅沢な中華料理を腹いっぱい食いたいぜ!」
「いやいや、値段が全部『時価』って寿司屋で食べ放題!」
3人は叫んでから、ぐっと顔を近づけ、笑いを堪える。
「「「……それ全部できるんだあああ!!!」」」
「盛り上がっているところ悪いが、お前たちの予算は全部で4万2000円しかないぞ」
男爵が札束の山の頂きに現れた。
「……え? 3万……2000円……って?」
「お前たちが最初にかき集めた小銭は、全部で4万2000円だったろうが」
「え、そうだけど今は……」
「契約の最後の部分を忘れてはいないか?」
契約の最後の部分……そういえば【得た金はすべて悪事に使うこと】。
でなければ魂を奪われる……。
「だ、だがよう、少しくらい」
「契約は契約だ。残りの金はすべて悪事に使ってもらう。こちらとしては破棄してくれてもいっこうに構わん。契約どおりお前たちの魂を奪うだけだ。わはははははは……」
「こいつ!」
Cが悪魔に駆け寄ったが、手が届く直前消えていなくなった。
「ちきしょう、悪魔め」
悪魔に悪魔と言ってもしかたない。
3人は改めて大金の山を見る……まあ、これを元手に盗みを働けばこれまで以上に稼ぐことはできるだろう。
「とりあえず、金、分けるか……」
落胆しながらAがつぶやくと、3人はゴソゴソと部屋中に散らばった札を集める。
「その前に全員、服脱げ」
金を前にしてAが言い出した。
「全員で平等に山分けだ。疑うわけじゃないが、そのほうがおたがい疑わなくて済む。
それにさっきバカ騒ぎしたから、気づかないうちに服の中にまぎれ込んでいることも考えられるからな」
言い出したA自ら服を脱いで全裸になり、右隣にいるBに服を差し出す。
「まぎれてないか調べてくれ」
要領を得たBとCも全裸になり、それぞれ右隣の者に渡し、チェックして自分の背後に置いた。
一糸まとわぬ男3人と大金……異様でむさ苦しい光景だが、悪人どうしの山分けにおいて、これほどあからさまに公正なことはない。
3人で手分けして数時間数え終えた結果、全部で6億8681万4000円……1人頭2億2893万8000円の分け前だ。
「でもどうする? これだけの金を悪いことにしか使えないなんて。逆にどうやって使ったらいいのか分からないぜ」
「これを元手に大きな犯罪でもするか?」
「例えばどんな?」
「…………銀行強盗とか」
3人は発想の貧困さに、自分であきれた。
あれから数年が過ぎた。
3人は今でもケチな空き巣を続けている。
変わったことといえば、仕事の道具がどれも最高級のものになったぐらいで、他は特に変わらない。
暮らしている場所も安アパートのままで、相変わらずその日暮らしが続いている。
年を取り、このままではいけないと思ってはいても、どうしても悪魔のチカラで得た、悪事にしか使えないと分かっている金の魔力にひかれ、この暮らしから抜けられないでいる。
「俺、もうこんな生活やめようと思うんだ……」
暮れも押し迫ったある日、窓からすきま風が吹き込む部屋で、暖を取るものがないため、できるだけ厚着をしてたがいに背中を寄せ合っていたAが、BとCにつぶやいた。
「やめるって、コソ泥の生活から?」
「どうやって?」
「……つまりこの金は悪事、犯罪……事件に使われればいいわけだよな」
「おい、なんかヤバいこと考えてないか?」
「ここまできてムチャはやめろよう」
「お前たち2人を巻き込むつもりはないよ。俺の残りの金つぎ込んで……これっきり、コソ泥から足を洗って、まっとうに生きてみようかと思う……今より難しいだろうけど、このままよりいいと思うんだよ」
「いったい何をしようってんだ?」
BとCも興味がひかれた。
その日の夜、奇妙なニュースが流れた。
「……クリスマスイブの昨日、何者かが児童保護施設や高齢者施設の数十カ所に数千万円を入れたボストンバックを置いていくという事件が発生しました。
金額は合計で6億円以上に上り、警察ではこのお金がなんらかの事件と関係があるのかを調べており……」




