最後の長老
目覚まし時計に起こされて身支度を整え、トーストとハムエッグをコーヒーで流し込みながら部屋を出た。
いつもの満員電車に揺られ、毎日の仕事をこなし、サービス残業を終えて帰る途中、コンビニで弁当を買って、部屋に着くころには冷めているものを食べながら明日の仕事の段取りを整え、寝る前に少しばかりネットを徘徊して、迷惑メールを消去したらベッドにもぐり込む。
また目覚ましが鳴ったら眠い目を無理やりこじ開けて、昨日と同じ毎日が始まる。
オレはいつから夢をあきらめたんだろう。
大人になるっていうのはもっと素晴らしいものだと思っていた。
子どものくせになんて言われてたころより、大人のほうがずっと不自由じゃないか。
もっと毎日が刺激的ならどれだけ楽しいだろう。
「危ない!」
叫び声に顔を上げると、トラックがクラクションを鳴らして突っ込んでくる光景が、オレの見た最後の景色だった。
起床ラッパの音で飛び起きた。
そうだ。自分はこの戦争に志願して独立遊撃隊へ配属された兵士である。
さきほどの夢は戦闘のストレスから我々兵士を守るよう作られた擬似データであり、目覚めた後、退屈で平凡な日々と比較することでモチベーションが下がらないようプログラムされたものなのだ。
確かに自分にとってあのような毎日が続くのは耐えられない。
クラクションと起床ラッパの音が重なったのだな。
今日の作戦は、膠着状態が続いている前線を我が隊で突破し形勢を逆転することである。
かなり危険であるが、成功すれば敵に大打撃を加えられるのは間違いない。
我々は敵の裏をついて進撃し、敵前線司令部がある山の中腹まで侵入に成功した。
「いかん、罠だ! 窪地に飛び込め!」
隊長の叫びと同時に自走砲から発射された光弾が目の隅をかすめ、後方に展開していた仲間が吹き飛ばされた。
考えるより先に窪地に飛び込んだ途端、衝撃と熱風と土砂が自分の意識を奪っていく。
頭の奥に低い振動音が響き、揺れが断続的に続くのに気づいた私は、うっすらと目を開いた。
私は液体の容器の中に浮かんでいる? ここはいったいどこだろう? それよりも、私は誰なんだろうか?
「目が覚めましたか?」
溶液の向こうから、白い服を着た男性が私に笑顔を向けていた。
「あなたは宇宙船の事故に巻きこまれ重傷を負われたのですが、幸い脳の一部が残っておりましたので再生治療を行っている途中なのです。
まだ多少、記憶の混乱はあるでしょうけれど、すぐに安定しますよ。
今しばらくはお休みになっておいてください」
そうか私は……先ほどの衝撃と熱風は、あの事故の記憶とオーバーラップしたのだろう。
西暦二十九世紀の現在、小指の先ていどの脳細胞が残されていれば全身の再生が可能なばかりか、記憶まで再現できる治療が可能だ。
目線を下に向けると、首から先の胴体がない。
動けるくらいまで再生するには、少なくともひと月はかかりそうだ。
それまでは培養液の中でのんびり待っていればいい。
混乱した記憶もそのうち整合されて、私が誰か、以前どのように生活していたか思い出すはずだ。
眠りにつくと、また頭の奥に低い振動音が響き、体に揺れを感じた。
ドーン! と空気を切り裂いて鳴り響く噴火に続き、大地がイヤな音を立ててきしんだ。
「起きてください! 目を覚ましてください!」
目を開くと、村の者たちがワシの頬を叩いておった。
「良かった、目覚められたぞ!」
ワシの目に、長年、村の守り神であった火の山がお怒りになられる姿が飛び込んでくる。
鳥たちは一斉に森から飛び立って、どこか安住の場所へ向けて旅立って行き、森に暮らす動物たちも我れ先に逃げ出して行く。
「我々はこれからどうすればいいのでしょうか?」
心配そうに見つめる村の者にワシは応える。
「何も案ずることはない。
ワシらネアンデルタール人が滅んでも、次に台頭する人間がワシらのあとを継いで、この世界だけでなく宇宙へも進出していくのだ。
……まあ多少、危なっかしくはあるがな」
村の者たちは、いつも通り不思議そうにワシの顔を見つめていた。




