そうだったのか
ついにオレたちは駆け落ちした。
こんな時代錯誤なこと本当にするとは思ってなかったけど、オレたちは本気なんだ。
「おつき合いしている間、お父様はとても喜んでらっしゃったのに」
助手席で悲しそうにつぶやく姿に、オレは胸が痛くなった。
初めからオレとこいつの家の格の違いは承知していた。
しかし、叩き出される覚悟でこいつのお義父さんに交際を告げに行った時、予想外の歓迎を受け、よろしく頼むとまで言われたんだ。
オレたちは結婚を前提に付き合い、こいつの家から財産は一切もらわないとまで言い切ったが、お義父さんからは「そう言わず少しは持って行け」とまで言われたくらいだ。
それが、いよいよ結婚を許してもらおうとした途端、手のひらを返すように猛反対されるなんて思いもよらなかった。
しかも反対の理由が『当家に代々伝わる家訓』だという。
家訓だかなんだか知らないが、今さら諦められるはずがない。
再三、再四……いや、再十、再二十も重ねて懇願したが、お義父さんはどうしても首をタテに振らず、考え抜いた挙げ句、駆け落ちするに至ったわけだ。
「お父様、怒ってらっしゃるかしら……」
「大丈夫。怒っていたとしても、それはおまえじゃなくオレに対してだ。
だから、おまえは何も心配しなくていい」
目に入れても痛くないほど大事にしていた娘だったのは、分かってる。
こいつもお父さん子だったし、オレもお義父さんが本当に二人目のオヤジになってくれるのを楽しみにしていた。
そんなこいつを、そしてお義父さんを悲しませるなんてオレも嫌だったんだ。
こんなことにならず、心からオレたちを祝って欲しかったのに。
目的地はオレがかつて暮らしていた田舎で、そこなら仕事がすぐ見つかる。
初めのうちはお嬢様のこいつに不自由かけるだろうけど、オレは必ずこいつを幸せにしてみせる。
気が張っているため、休憩なしで高速を飛ばしているうちに空が白み始めた。
さっきまで長距離トラックや夜行バスがひっきりなしに走っていたのに、気がつくとオレだけになっている。
……かなり田舎まで来たなあ。
そろそろ次のパーキングで仮眠するかと思っていると、前方に不思議なものが見えた。
なんだろう?
止まらなきゃ。
だけど、あれって……。
疲れなのか、非現実的だからなのか。
オレは思考が止まったまま “高速道路のど真ん中に突っ立ってる扉” に吸い込まれるように突っ込んだ。
扉にぶち当たる激しい音と、車に伝わる衝突の感覚。
突っ込んでから急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。
高速道路でスピードを出していただけに、小さな破片でさえフロントガラスを突き破ってオレたちに襲いかかる。
スピンして測道に突っ込んだが、幸い後続車はない。
「おいっ!! 大丈夫か!?」
声をかけながらも、エンジンがかかったままだったのを幸いに、安全確保のため車体を車線と平行にして止め、ハザードを点滅させた。
「おいっ!! 返事をしてくれ!!」
「……ん。あら、もう着いたの?」
寝ぼけたような声がして、オレは一気に力が抜けた。
何があったのか分からずに、起きたばかりのこいつは放心しているオレを見てニコッと微笑んでくれる。
フロントガラスの細かな破片は、乗っている者がケガをしないよう四角い小さな粒状に砕けて散乱しているが、幸いケガはないようだ。
よりによってこんな時に事故なんて。このことがお義父さんに知られたら……。
だがこいつは、今は平気そうに見えても事故の後遺症が残ることだってあり得る。
それだけはあってはならない……。
携帯で警察と救急に連絡しようとしたが、圏外になっていてつながらない。
仕方なく、高速道路に設置してある緊急電話までひとっ走りしたが、上下どちらに行っても電話そのものが見つからなかった。
「どういうことだこれは?」
「ね、ねえ。ちょっとこれ見てよ」
途方にくれていると、こいつが足もとを指差す。
「あれ? なんだこれ?」
ここは高速道路だったよな?
どうして道が舗装されてなくて、地面がむき出しなの?
それに……。
オレはそこで初めて周囲を見渡した。
レトロ? どう見ても……これ、ここはいつの時代だよ?
どうなったのかは分からないけれど、その後、いろんな人から得た情報によると、オレたちがいるのは明治時代らしい。
あの突っ立ってた扉がタイムトンネルの入り口だったのかは、知るよしもない。
しかし、これでもう本当に誰かを頼りにすることもできず、オレたちだけの力でやって行くしかなくなった。
時代が変わってしまったとしても、そんなことは関係ない。
初めからそのつもりだったんだ。
平成から明治に来たオレは名前を変え、うろ覚えながら未来の出来事を視野に入れて事業を興し大成功をおさめた。
しかし、決して世の成金のような振る舞いはせず、堅実をモットーに、私は妻とともに慎ましやかな生活を送れることで満足している。
私は我が子から孫、その子供たちへと代々受け継がれるための家訓を記すことにした。
特に今から7代先の子孫の前に、昔の私と同じ名前の男が現れた時にどうすればいいのかを詳しく書いておかなければならない。
「これでいいんだよな?」
「そうね……それなら」
妻は家訓の最後のページにもう一文書き足す。
――2人はその後、とても幸せな人生を送ります。
お父様とは二度と会うことはないけれど、安心して見守っていてください――
「……あの時、駆け落ちして本当に良かった」
これまで妻がそう言うたびに、ずっと “もう二度とお父様には会えない” と責められているようで、いたたまれなかったくちグセを、私は今日、やっと素直に受け止めることができた。




