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月下の星使い(1)依頼

「大魔術師ハルトマンの遺品、ねえ」

 馴染みの道具屋で、フェルナンドは吐息とともにつぶやいた。

 仲介人の老女から語られた名は、ちょっとした伝説の男の名だった。

 大魔術師。神秘の体現者。魔女狩り殺し。人を象った悪魔。異名は掘ればいくらでも出てくる。

 教会連中も死ぬ気で追いながら、ついにあの世まで逃げ切られた魔術界の大物だ。

 生きているのか死んでいるかさえ分からないと言われていた彼が、ついに東方で天寿を迎えた……らしい。

 その彼の膨大な遺品が、世界中に散って行っているのだとか。

 遺族はおらず、彼の弟子が必死に集め戻しているらしい。ご苦労なことだ。

「そいつの所在が一件わかったのさ」

 パイプをくわえながらそう言うのは、カウンターに腰掛けた老女。

 仲介人にして道具屋のアマンダ。旧い魔女である彼女は同業者に顔が広い。

 触媒の売買から、裏稼業の斡旋まで。弟子や旧知の魔術士をこき使って、できる仕事は何でもやっていると評判だ。

 そんな彼女が、煙を吐き出しながら言う。

「ビーゼン伯爵。土地転がしと金貸しで没落を逃れたやり手だが、魔術に関しては大層な好事家だそうでね」

 好事家、という言葉にフェルナンドは苦笑する。

 そういう手合いはだいたい、いくら金を積んでもモノの引き渡しに応じない。

 そいつにとって、モノを集め、所有することは目的そのものだ。むしろそのために金を積む側ですらある。

 目的の品を手に入れたい人間にとっては、もっとも厄介な相手。転売で儲けようと法外な値段をふっかけてくる悪徳商人のほうが金で解決できるだけよっぽどマシだろう。

 だからこそ、

「金で動かんから、奪って来いと」

「買えないなら有り金全部突っ込んで博打に出る。まったくわかりやすい話じゃないかね」

 アマンダはくく、と小さく笑う。

「それで、受けるのかい博打屋。共犯としちゃ、そこそこ腕利きのあんたに賭けるのが一番かと踏んでるんだがね」

 そう言って差し出されたのは、依頼主が提示した文書。そこに前金と成功報酬も記載されていた。仮に成功報酬を全額取れれば、今の暮らしなら一年持たせられそうな額。

 大金には違いなかろう。命をかけさせておいてこれっぽっちか、と思う額でもあるが。

 かといって文句を言ったところで結論は変わらない。

 信用してアマンダが回してくれた仕事だ。よほど厄介なものでなければ受けるのが後々のためでもある。

「毎度のおべっかをどうも。受けるよ。育ちざかりが家で飯よこせとぴいぴい鳴きやがるんでな」

「例のひよっこかい。まったく微笑ましいことだ。……それじゃあ頼むよ。勝ってきたら嬢ちゃんに美味いもん食わせてやりな」

 打ち合わせは後日に。アマンダの言葉に、フェルナンドは手を振って道具屋を後にした。


     *


「つーわけで仕事だ」

「ほははほへっへ?」

「食い終ってからしゃべれよ」

 自宅。石造りの集合住宅の一角。

 その部屋の中で、フェルナンドは一人の少女と顔をつきあわせて夕食をとっていた。

 ルーナ。

 フェルナンドがとある錬金術士の地下実験所を潰す仕事を請け負った折に、棄てられ死にかけていたところを気まぐれで拾った少女。その名もフェルナンドがつけたものだ。その日の月がどこか別格に美しかったから。適当な命名だったが、彼女は存外気に入っているらしい。

 血のつながりはないが、今は親子のようでもあり、師弟のようでもあり――仕事の相棒でもあるような、そんな少女。

「んぐ……お仕事? また危ないやつ?」

「危ないやつだ。まあ、未知の魔具とかは絡まないはずだから、大丈夫だとは思うが……」

「わたしも行っていい?」

「ダメとは言わん。家で留守番しててくれた方が俺はうれしいが」

「ダメじゃないなら、行く」

 都合のいいとこしか聞きやしねぇ。

「ね、どんなお仕事?」

「盗人だ。えらい貴族さんが金でせしめたブツをぶんどって横流しする」

 依頼者は誰とは聞かされていない。無論、しくじった時に吐かされないようにだ。

 別の好事家の貴族かもしれないし、ハルトマンの弟子とやらなのかもしれない。

 だが、フェルナンドにとってはそんなことはどうでもいい。

 重要なのは金を払う相手かどうかだ。

 そして今回の依頼者は金を払うやつだ。アマンダがそう判断した。なら、その見立ては信頼できる。

「屋敷に忍び込んで、指定の物品をぶんどってくればいい。お前が来るなら、いつも通り見張りだろうな」

「また見張り……。わたしは戦っちゃだめなの?」

「お前はもとより俺もダメだよ。見つかると面倒なことになる。見つからずに逃げ切れるのがベストだ」

「そういって、いつも戦うじゃん」

「そりゃ、俺がへたくそだからな」

「…………わたしも、戦いたい」

「何度も言ってるだろうが。戦うよりも、見張りが一人いるだけで俺はすごくやりやすくなる。戦わずに逃げられる確率もぐっと上がるって」

「……むー」

 反論は思いつかないけど納得いってません、という顔だ。

 自分の子供の頃を思い出して苦笑する。

「ま、どうしても来るんだったら頼りにさせてもらう。いいか?」

「……うん!」

 心底うれしそうに、楽しそうにうなずくルーナ。

全くこいつは、どうしてこう、危ない目に遭うのが好きなのだろうか。

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