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✳︎おまけ✳︎ クリストファーの贈り物

本編に入れられなかったエピソードをまとめました。

時系列としては『2月2日』のあとになります。

 得体の知れない人物からの、いかにも怪しい贈り物。

 嫌がらせのように私の誕生日にもたらされた〝昇進祝い〟という名の贈り物。

 あれから一週間、中を見る気が起きずに私室の机の上に置かれたままになっているが、返礼品がどうだ、常識がどうだと騒ぐ母上の声の大きさに耐えきれず、とりあえず手に取ってみた。

 …あなた方夫婦が息子の誕生日に自分達だけで王都一の高級レストランに行った証拠は挙がっている。常識とは何だ。


 しかしこのままにもしてはおけない。

 本当に気は進まないが、私はそろそろと怪しげな包みを開き、中から現れたやたらと重たい書類に目を通すのだった。




『行動観察記録 著 クリストファー・ウィンストン

 

 ××02年3月30日21時37分、母上が3人目の子どもを産んだ。女児らしい。アーネストの時も思ったが、赤子はクシャクシャしている。父上と覗き込んだ小さな生き物は、どうやら私と同じ色味をしているようだ。きっと面倒な人生を歩むのだろう。とりあえず観察してみることとする。』


 ……何だ、この生意気な文体は。

 11歳か12歳の子どもが書く文章か?普通は虫がどうのこうの剣がどうのこうのと……


『4月7日、母上の生家であるマクラーレン公爵家の祖父母がやって来て、赤子に名前を付けて行った。父上はアンジェリカが良かったらしいが、押し切られた結果レジーナになったらしい。口には出さなかったけど、幸先の悪い名前だと思った。』


 …レジーナの名付け親はマクラーレン公爵家……。元帥の話は誇張では無かったか。幸先の悪い名前……


『6月30日、生後3か月のレジーナが、リチャード殿下の婚約者に内定した。母上は誰にも見られないように泣いていた。父上に抗議したかったけれど、父上も泣いていた。』


 ………………。

 それからはひたすらクリストファーの手跡を追った。



『××05年3月30日、レジーナが3歳になった。ものすごく可愛い。とにかく可愛い。「にーたま、にーたま」と後ろを着いてくる所も可愛いし、「これなぁに」と聞いてくる姿も可愛い。とにかく死ぬほど可愛いが……おそらくレジーナは知恵つきが悪い。アーネストと比べても全てにおいてゆっくりしている。父上と母上の焦りもわかる。頭の悪い美少女ほど手に負えないものは無い。』


『9月15日、レジーナ初登城の日だった。正直なところ婚約相手がリチャード殿下で良かったと思う。あの髪型を見て確信した。彼なら父上と私で何とかできる。何とかできるだろうが、来月から寄宿学校に通わねばならない身。アーネストだけでは心許ない。』


『12月20日、ようやく冬季休暇で実家に帰って来た。寄宿学校など無駄の極みだ。父上は「生涯の友ができる」などと仰っていたが、その生涯の友の息子は士官学校に入るというではないか。ついでに私が同年代で目をつけていたケイヒル侯爵家の跡取りも。これは軍閥に顔を繋ぐ必要があるな……。軍閥の家門……C組にマクレガーがいた。』


 ……疲れて来た。

 レジーナの観察記録というよりは、クリストファーの腹黒日記を読んでいる気がする。とりあえず寄宿学校など行かなくてよかった。行っていたら最後、永遠にあの男の駒になっていたに違いない。私が15、6歳の頃は可愛げのある少年だったからな。


 しかしそれからの数年間の記録は、クリストファーの言った通りウィンストン公爵家と暗殺者の背筋が冷たくなるような攻防の記録だった。

 どこの暗部の戦いの記録だと言いたくなるような文字の羅列に身体が緊張していたが、レジーナが10歳を過ぎた頃、その内容が少しばかりおかしな方向に変わっていく。



『××11年4月23日、公爵家に二人の使用人が雇われた。一人はカーター男爵家出身のメイベル。賢く物怖じしない性格を母上が気に入り、レジーナの侍女見習いとなった。そしてもう一人は国軍の工作部隊出身のバート。南東砦解放を機に退役したらしいが、毒物の扱いに長けているという能力を父上が高く評価した。とりあえず様子見だ。』


 …は?バート……はナダメールの店主で……補給兵では無いではないか!!どうもおかしいと思ったのだ。

 工作部隊…南東砦……まさかギルバート中尉?腕のいい火薬調合師がいた気がする。彼は確かに糧食に対する拒絶反応が凄まじかった記憶が……。



『××13年7月6日、レジーナが未確認生命体を飼っていた事が判明した。庭の池から出て来た巨大生物に母上が気を失い、父上が学者を呼んで大騒ぎになったが、結論、数年前に食用として持ち込まれたナマズをレジーナが育てていたのだ。池の水は全て抜かれ、邸を彩っていた噴水は撤去された。アーネストはその話を聞いてわざわざナマズを見に寄宿学校から帰って来た。』


『××15年1月14日、母上の愛馬が見事に緑色に染まっていた。犯人は当然レジーナだ。3時間に渡る叱責から解放された妹に染料をどうしたのか尋ねると、とりあえず絵の具を用いたらしいが、こっそりとシェーレグリーンに手を出そうとしていた事が判明。万が一を考えバートを中心に邸中で捜索が始まり、緑色の物は念の為に全て撤去された。一番の被害者は緑色を主色とする父上と私だ。』


『××16年10月17日、邸に飾られた甲冑に目が嵌め込まれていた。少し前から感じていた違和感はこれだったのかとようやく合点がいったのだが、一体これはどうした事……などと考える必要すらなく犯人はレジーナだ。出て来た『目』は見事なカットの二つのサファイアで、一目で相当価値が高い品だと分かった。母上がサファイア以上に真っ青になり持って来た新聞記事によると、先々月王立博物館で盗難被害に遭った国宝だと判明。とうとう我が家から犯罪者が出たのかと肝が冷えたが、レジーナが邸を抜け出して出掛けた露店で、自分のネックレスと物々交換をした事が分かり、母上の説教は1時間半に短縮された。』


 ……凄まじい。凄まじいとしか言いようが無い。

 公爵家からの情報後出しも甚だしい。それは嫁ぎ先に頭も下げるだろう。

 それを補って余りあるほど可愛いかったのだろうが。

 


『××17年3月30日、レジーナが15歳を迎えた。公爵家と王家の水面下での攻防も15年を迎えたのかと思うと感慨深い。公爵家の総意として、レジーナを一人身で社交界に出すことは出来ない。当初の懸念通り頭の中身と外見が反比例して成長してしまった。デビュー前に婚約者をあてがうべく、レジーナの相手探しは阿吽の呼吸で始まった。』


『××17年8月25日、レジーナにそれとなく聞いてみた。将来の嫁ぎ先に希望はあるのかと。訓練された微笑みを返して来たが、私の胸に秘めて置くことを条件に一つだけ教えてくれた。〝不思議な人〟がいいそうだ。……手持ちの情報に該当する人物がいただろうか。』



 不思議な人……?

 掴みどころなくヘラヘラ笑う男という意味だろうか。

 ……何だこの不愉快な昇進祝いは。

 読み応えがあったような、時間を無駄にしたような気持ちで最後の一枚を手に取れば、それはクリストファー・ウィンストンからの果たし状だった。


『という訳で私からの贈り物はどうだった?これを参考にすればレジーナとの結婚生活も上手くいくし、政敵ともやり合えるだろう?とにかく君が不思議な人で良かったよ。そもそも何で寄宿学校来なかったの?君アクロイド伯爵家唯一の跡取りだよね。あと、私が送り込んだ30人の女性達のどこが不満だったのか教えてくれない?間諜の訓練に活かすから。あ、軍での噂では老婆が好みなんだったね。とりあえずレジーナは40年ぐらいこちらで預かったらいいのかな?きっと可愛いお婆さんになるだろうから楽しみだね。』



 さて…と、確かクリストファーには無事に息子が生まれたのだったな。ならばそろそろ本人は闇に葬ってもいい頃か。

 だが今は邸で大騒動が巻き起こっている『大量に出て来た見慣れぬ毒草』の方を解決せねばならない。

 ……何を調べた訳では無いが、なぜか犯人に心当たりがある。

 

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