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3月15日 前編

 吹く風もすっかり暖かくなった今日この頃、私にとっての勝負の日がやって来た。


「レジーナちゃん、今日は勝負の日よ!アクロイド商会の販路を広げる一大チャンス!!王宮に物品を卸せるようになったらしめたものだわ!!」

「ええお義母様!目指せ、羽根ペンはアクロイドへ!!ですわ!」

「そうそうその調子!羽根ペンだけじゃないわよ〜。目標は女官の制服の受注!!これが取れれば大きいわよ!」


 勝負は勝負でも、私以外のアクロイド伯爵家(旦那様を除く)は、これまた別の勝負に出ようとしていた。

 私が手に入れたジーベル夫人からの封筒の中身は、年に一度行われる王宮に物品を納める権利を手に入れるための品評会への推薦状だった。

 ジーベル夫人のご夫君は、物品管理を担う部門の取り纏めをされているそうで、なるほど、商会を持つアクロイド伯爵家の嫁である私と王宮を自然な形で結び付けるには持って来いの人物だったというわけだ。

 ……という事に思い至ったのは、訳の分からない封書の中身を見て欲しいとお義母様に泣き付いたからである。


「シエラ、そろそろ出られるかな?ああ、レジーナさん今日は少しお姉さんだね。シンプルな服もいいなぁ。美人が際立つね」

 玄関ホールで気炎をあげる私とお義母様の元に、柔らかく微笑みながらお義父様がやって来る。

「お義父様!び…美人だなんて、そんな……照れくさいですわ」

「ははは!いやいや、レジーナさんほど美しい子は国中探してもなかなかいないよ。な、シエラ」

「あったり前でしょ!あなた今頃何言ってるのよ!外壁!外庭!はめ殺しの窓!エドガーがどれほどレジーナちゃんを隠したがってると思ってるの?あの子があーんなにヤキモチ焼きだとは思わなかったわ」

 ええ?お義母様、この邸はホラーハウスで……。

「はは、確かに。……ヒソヒソ…お前が刷ったレジーナさんの絵姿集、全国配送間近で回収されたんだろ?」

「……ヒソ…赤字もいいところよ。ったく見せるんじゃなかったわ。代わりにあの馬鹿息子の軍服シリーズ全四巻作成中」

 ……ヒソヒソされているところ申し訳ないけれど、全部聞こえておりますわ。

 実は私も旦那様の絵姿集を楽しみにしておりますの。サインも貰う予定ですわ。



 そんなこんなで緊張する事もなく乗り込んだ王宮。

 初めて足を踏み入れた北の宮は沢山の人でごった返していた。

「まあ…!皆様お勤めの方々なのかしら。あら?あちらにどこかで見たような顔が………」

 そう呟けば、側でお義父様が苦笑いする。

「レジーナさん、兄君じゃないか。ああ、アルバートもいるね」

 そう言って手を掲げるお義父様。

「えっ!?父様と兄様?……わたくし本格的に眼鏡が必要かもしれないわ……」

 アクロイド伯爵家のキラキラ星人の皆さまと過ごしていると、どうにも目の調子が狂っていけない。

「レジーナちゃん、商会ブースは私とハーヴィーで担うから、公爵とご一緒に他社のスパイをよろしくね!」

 お義母様がパチンとウインクをされる。

 スパイ……!父様と兄様の頭脳があれば鬼に金棒……。

 あ、お義父様ってハーヴィー様とおっしゃるのね。知……って…たわ!知ってたわよ!


 なぜか瞼裏に浮かぶ冷ややかな視線のメルに言い訳をしながら、人混みの波間のお父様とお兄様の元へと向かうのだった。






「……前代未聞だ、アクロイド中将」

「…………………。」

 元帥が、眉根を寄せて私を睨む。

「…君は事の深刻さが分かっているのか?」

「…………………。」

 元帥が、こめかみを抑えながら私を睨む。

「………もう…手に負えん!!」

 元帥が……机に突っ伏した。


 面倒な仕事をゲイルに押し付け、ようやく新組織の部隊編成案に取り掛かり始めた矢先のこと、たいてい面倒な仕事を押し付けてくる狸親父その1が私の執務室にやって来た。

 向こうから来る時はだいたい碌でも無い話を持って来るのだが、今回のこの感じは恐らく私が何かしたのだろう。

 だが殆どの場合面倒を押し付けられている身、簡易応接でグチグチ言われようが知った事では無い。


「……軍人となって早30年、理不尽な上官に泥水を飲まされた日も、強行軍で東部から南部まで三日で移動させられた日も、注意散漫な部下が熊用の罠に掛かった日も……」

 ……ちょっと面白い話をしだしたが、まさかここで30年を振り返る気ではないだろうな。

「……こんなに……こんなに胃が痛かった事は無い!!」

 …ほう、さすがは元帥になる人物だ。泥水でも耐えられる胃袋を持っている…と。

「どこの……どこの世界にチャラッと王子を勧誘してくる人間がいるのだ!!しかも!この!非常に繊細な時期に!!」

「……………ああ」

 何だその話か。おかしいな、報告したはずなのだが。


「…元帥、少々怒りの導火線が長過ぎませんか?その件はもうひと月も前に報告差し上げたでしょう。その結果海軍設立の準備云々と……」

 元帥が胸元から一枚の紙を取り出し、バンッと机に叩き付けた。

「ア〜ク〜ロ〜イドッッ!!貴様はこう言ったのだ!『元帥、第二王子から海上防衛の強化について進言がありました。彼はその分野に造詣が深いようですので、近々接触があると思います』とな!!」

 …やはり報告しているでは無いか。しかも何だ?それは物真似か?……さすがの記憶力だ。

「この紙を見ろ!このいかにも王族が使いそうな透かしに紋章の入った高級な紙を!!」


 元帥の怒りのコンパスの針が狂って来たのを感じつつ、突きつけられた紙面を読む。

 ……推薦状付きの入隊志願書……ふむ。

「そうですね、確かに胃が痛い部分としては、当然ながらイサーク殿下は士官学校を出ていない。通常であれば兵卒からのスタートですが、さすがにその配属は無理でしょう。かと言って彼を近衛や王宮警備にというのも……」

 そこまで口にした時だった。

「……………もういい。君は何だ、アレか?紙一重というヤツか?そうか、アンディが言っていたのはこの事だったのだな。ああ……人事権の使い方を教えた時に退役兵を私兵として雇ってくれるというから、何と素晴らしい男だと感心した私が愚かだった……」

「…………………。」


 元帥がクワッと血走った目を見開く。

「アクロイド中将!いいか?国王陛下のお体に障りがある今、第二王子殿下が軍に入るなどという事が漏れでもしたら、国軍が王位継承争いに介入したという憶測を呼ぶ事になるのだぞ!!」

「………でしょうね」

「で……でしょうね……?」

 元帥が今度は口を真四角に開く。

「普通ならばそうでしょう。ですが、彼は賢いのです。…遠回しに継承争いから退く意志を示している」

 元帥が眉間に皺を寄せ、よく分からないという顔をする。

「……私も妻から聞くまで知らなかったのですが、ああ…いえ、貴族の端くれとしては知っておかなければ大問題なのですが、王族のなかでも、〝殿下〟以上の称号を持つ人物は姓を持たないそうなのです。侯爵であるあなたはご存知だと思いますが……」

 

 元帥が入隊志願書を引ったくる。

「……イサーク……タウンゼント……」

 そう、彼は初めて会った時も私にそう名乗った。だからレジーナに尋ねたのだ。『タウンゼントというのは何処から来た姓なのだ。君の父上の姓はウィンストンだろう?』と。今思えば阿保丸出しなのだが。

「……彼は臣籍降下するつもりなのか」

 ようやく普段の顔を取り戻した元帥がポツリと呟く。

「…そのようですね。タウンゼントというのは彼が持つ公爵位だそうです。臣籍降下するとそれが姓になる。…面倒な仕組みです」

 

 思い返せばあの会議室での突然の声掛かりも、自分の次の居場所を探しての事だったのだと思う。

 彼なりに悩んでいるのだろう。自分という存在が一つの戦を起こし、もう一つを起こしかけた。

 かと言って何も持たずに臣籍に降れば、若すぎてその他の貴族の中に埋もれてしまう。

 ……二大公爵家は表立って彼を支持出来ないのだから。


「…アクロイド中将、それでもやはりこの件は機密中の機密だ。私と君だけが知る、最上級の」

「機密……」

「ああ。イサーク殿下の意は汲んでやりたい。…軍はその身分を問わず、希望する者誰をも受け入れる」

 私は頷く。

「だが、国軍と王家のバランスを取るのは非常に難しいのだ。…王のために動くのではない代わりに、軍は王家に介入しない。だから我々がイサーク殿下に臣籍降下を促したと疑心を持たれるのは問題がある」

 ……なるほど。では私が彼に推薦状を出した事は問題があったな。素直に反省しよう。


「だからだ、中将。早急に受け入れ体制を構築するんだ。殿下の身分のままで何の疑いも持たれずに、何となくフラッと軍に出入りしてもおかしくないような、そんな体制を!!早急に!!」

 爛々と瞳輝かせる元帥のケイヒル家らしい一面に向かって言わせてもらおう。

「…………無茶言うな」

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