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3月5日

「まぁ、本当にこのお菓子は美味しいわ。今まで知らなかったなんて惜しい事をしたわ」

「本当に。アクロイド夫人はお目が高くていらっしゃるのね」

「あら、ありがとうございます。きっと店主も喜びますわ」


 ふふふ…これでナダメールも一気に社交界の仲間入りね!

 まさに前途洋々、投資資金の回収……は暗算では無理だから一先ず置いておくとして、私はお母様との探偵団で得た知識を元に、春先の日々を忙しく過ごしていた。


「それより宜しかったの?誘っておいて何ですけれど、その、アクロイド夫人は……」

 今日のお茶会の主催者である、私より10歳ほど年上のジーベル伯爵夫人が言葉を濁す。

「あら、もしかして主人を心配して下さってますの?それが聞いて下さる?わたくしがこちらのお茶会に出席すると申し上げたら、『ふむ?デンバー夫人に宜しく伝えてくれ。夫殿には私の後任で苦労をかけている。今頃側机からの騒音で頭痛に悩まされているだろうからな』としか仰らなくて」

 ジーベル夫人の隣に座ったデンバー夫人が目を見開く。

「ま、まあ……!中将にそのように言って頂けるなんて、私の心が揺らいでしまいますわ。夫とともに骨の髄までゲイル様に捧げているつもりですのに。あ…ケイヒル大佐はとても常識人という話ですわよ?」

「まあ!ふふふ」


 そう、今日のお茶会のテーマは〝烈火派の集い〟。

 私は自分がそのような派閥の正式メンバーに数えられている事など知りもしなかったのだが、要はゲイル様を崇拝する女性の集まりらしい。

「流星殿は懐が深くていらっしゃるのねぇ……」

 ジーベル夫人がしみじみと溜息を吐いているが、おそらくそうではない。……旦那様は多分、何のことかサッパリ分かってらっしゃらない気がするから。

 会の趣旨をお知りになったら浮気者だと思われるかしら。でもわたくし心の中では間違いなく流星派ですのよ?ああ、素敵だったわ。銀色の星屑が一瞬で爆弾を真っ二つに……


「ですが残念ですわね。あの手に汗握る華々しい試合を二度と目にする事が出来ないなんて……」

 ジーベル夫人の呟きにデンバー夫人も頷く。

「夫人、どうして中将は御前試合を引退されてしまわれるの?夫の話では、ゲイル様は今年こそ雪辱を果たすと闘志を漲らせてらっしゃったと……」

 ……え?

「本当に。私たち烈火派も残念に思っているけれど、流星派の皆様の嘆きようは見ていられないわ」

 引退……。えぇ!?それではわたくし一度も旦那様の試合を見る事が叶わないということ!?

 な……何ということなの。烈火派を名乗って敵を誘き寄せるスパイ活動などしている場合では……!


 そう、私が辿り着かなければならない人物、そして私に会うために大量にお茶会の招待状をばら撒いている人物は判明している。

 お互いが少しずつ盤上を進み、自然な形で顔を突き合わせる機会を今か今かと待っているのだ。


「…もしかしたら………」

 ジーベル夫人が私の顔をチラッと伺う。

「どうなさいましたの?」

 私は微笑んで返事を返す。

 …駆け引きね、駆け引き。受けて立ちますわ!

 バサッと扇を開いた夫人が、やや声を落として話し出す。

「あ……いえね、もしかしたら今年は御前試合自体が取りやめになるのかもしれない……なんて……」

 ジーベル夫人の言葉に、隣のデンバー夫人がキョトンとする。

 私もブワサッと扇を開き、いかにもな姿で声をひそめる。

「まあ…!それは……貴族にとって一大事ですわ。……ヒソ…ジーベル夫人はそのお話に心当たりがございまして?」

 こくりと頷くジーベル夫人の手元から、ツツツ……と一枚の封筒が差し出される。

 私はそれをスッと受け取ると、持っていた手提げに素早くしまう。


 …お母様、ようやく次のステップですわ………!

 ひと月繰り返したお茶会への出席。私の勘が悪いのか、ちっとも〝フィクサー〟に辿り着けなかったひと月。

 話の流れが分からないといった顔のデンバー夫人に少しばかりの申し訳無さを感じるが、確か旦那様の後任の第一師団長は男爵家の次男でいらっしゃるという話。

 ……きっと面倒な世界には巻き込まない方がいいわね。

 

「それよりもゲイル様の伝説とやらをお聞かせ頂きたいわ」

「もちろんですわ!やっぱり外せないのは炎の死地。あれは5年前……」

 鉄壁の微笑みを浮かべながら、私はおそらく王妃殿下に繋がるであろう手提げの取手をグッと握りしめた。






「ェェェェエドガーーーーッッッ!!!」


 西の宮が揺れるほどの大声に、さすがの私も肩がビクッとする。

 あー煩い。

 アンディとは違う騒音の主はあれだ、あれ。

 西の宮一階の廊下の真ん中で、背中に食らった衝撃波の方へと体を捻る。

「………これはフレッカー師団長、王都へはいつお戻り…」

「おいこらエドガー!てめぇ……どういうつもりだ!!てめぇ…この……卑怯者がっっ!!」

 真っ赤な髪に真っ赤な顔で憤怒の形相を隠そうともしない男に溜息が……

「……ぁあ?誰がなんだと……?」

 ……溜息では済まなかった。


「おっ……前………何か……やつれた?」

 筋肉ダルマは怒りさえ脳内に留められないらしい。

「……はぁ。ゲイル、久しいな。忙しい中よく来てくれた。だが往来の真ん中でデカい声を出すな」

 着いて来いとゲイルに目線で合図する。

「お…おお。ま…さか……お前どっか悪いのか?だから御前試合を引退……?そんな馬鹿な…。お前は生意気で頭は悪かったけど体だけは丈夫で………」

 たいそうブツブツと余計な心配をしているところ悪いが、普通に寝不足なだけだ。

 ついでに頭の良し悪しはお前にだけは言われたく無い。



 与えられた個室にゲイルを通せば、分かりやすく筋肉ダルマが絶句する。

「…その辺にソファがある。探し出して座ってくれ」

 入り口右手を顎でしゃくり、ゲイルを促す。

 呆然といった具合で何とか座る場所を確保しようとするゲイルを目の端に留めると、書類の密林に埋もれている補佐官に休憩して来いと声をかける。


「お前……これは…どういう状況だ」

 書類の塔の合間に腰を下ろしたゲイルが、ようやくといった体で口を開いた。

「………見ての通りだ。超絶忙しい。今だって北の宮からの2時間に渡る呼び出しからようやく解放されたところだ」

 対面ソファの肘掛けに軽く腰を落とし、目を白黒させるゲイルにぼやく。

「忙しいっつったって……限度があるだろうが。そりゃ例の件で相当人員が減ったとは聞いていたが、これは……」

「なんだ、同情してくれるのか?有難い。それではフレッカー中将にはそろそろ中央に来て頂くとして……」

「馬鹿言うな!!無理だ!絶対無理!流れ弾に当たるより確実に死ぬわ!!」

 ……私もそうなのだが……?事実死にかけているのだが?

「ゲイル、全ては御前試合のせいだ。歴代の御前試合と新入隊員の選抜と新組織の立ち上げと……ぐっ…頭が……!!」

「エ、エエ…エドガー!!しっかりしろ!!お前はこんな所でミイラになっていい男じゃない!!倒れる時は俺の剣で…」

「……アホか。5日寝てなくてもお前には負けん。怒りで血管が切れそうなだけだ」

「…………………。」


 そう、全ては人手不足のせいだ。

 よもやこんな事態に陥るとは少し前までの私は思いもしなかった。

「ゲイル、本気で頼みがある」

 スイッと視線を逸らす筋肉ダルマにイラッとするが、なるべく下から下から言葉を出す。

「……剣の腕に覚えがある者を見繕って欲しいのだ」

 ドサッとゲイルの両手に書類束を積む。

「………は?」

「は?では無い。お前から剣術を取ったらただの女好きのパッパラパーだろうが。特技を活かして軍に貢献しろ。というか可愛い後輩の寿命のために一肌脱げ」

「は?可愛い後輩?誰が?」

 ……ああイライラする。


「ゲ……フレッカー中将、実は来年中に海軍組織の立ち上げが計画されている」

「海軍……マジか」

「ああ。内密でも何でもない。まだ色々と検討段階なのだが、最初は一師団扱いとするか、最初から軍とするかは未定の状態だ。……人手と経験が足りないからな」

 ここまで言うと、ゲイルがようやく合点がいったという顔をする。

「……海軍っつっても、最後は船の上での白兵戦が主だもんな。狭い船上だとより練度の高い人員が必要ってか」

 その通りだという意味を込め、私は一つ頷く。

「あの狸ども……ゴホン、上層部から人員の選定のために寄越されたのがこれらの資料だ……が………読めるわけ無いだろう!過去10年分の御前試合の出場者と過去10年分の士官学校の卒業生!それに各剣術指南からの推薦状だぞ!?私を誰だと思ってるんだ!」

 ガバッと頭を抱えて脳裏の狸親父どもを切り刻む。


「……ブハッ!おま……ガッハッハッハ!!エドガー、お前、すっかり陽気な男になったもんだなあ!」

 …はぁ?苦悩する私を見てどこからその感想が浮かんだ。

「わーった、りょーかい!そういう事なら手伝ってやるよ。確かにお前より俺の方が向いてる。……すっかり中央の人間になっちまって。何だかんだ楽しそうじゃねぇか」

 ………楽しいわけ無いだろうが。どこに目つけてる。目を鍛えろ。目を。

「それに家にも帰れるし?聞いてるぞ。お前嫁さんにデロデロらしいじゃねぇか。香水酔いしてゲロってたお前はどこに……」

「…だ……ま……れ………!!お前が連れて来た変な女どもに薬を盛られたの知ってるだろうが!真っ当な若者だったはずの私の人生を狂わせておいて………!」

「結果オーライじゃね?ついでにお前が真っ当な若者だった記憶は無い。地味〜でくら〜い女しか見分けついて無かっただろうが。あと老婆」

「…………………。」


 そう言えば権力は濫用できるのだったな。

 夜も暇そうな肩書だけ中将の筋肉ダルマには、今後もそれ相応に面倒くさい仕事を割り振ろう。





『3月5日 晴れ

 びっくりしたわ!旦那様が意識不明で帰って来られたの!ゲイル様の肩に担がれて戻られた時には心臓が止まるかと思ったわ。どうして寝不足なのにお酒なんか飲まれたのかしら…と思ったら、ゲイル様が申し訳無さそうに「紅茶とウイスキーを入れ替えた」ですって。……私も色々と悪戯……じゃなくて実験をして来た身ですけど、今日で烈火派は卒業しますからね!!……でもへにゃへにゃの旦那様の耳元でお名前を呼んだらニコッとされて……か・わ・い・い!!』

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