4月30日
新しく作った服を着て、鏡の前でクルクル回る。
若干顔色の悪いメイドの手を取りクルクル回る。
「やーん可愛い〜!!見て見てメル!!私たち三姉妹よ!」
「……………私の分は?」
「…え?」
今日は例の御前試合の日。
国内中の選りすぐりの軍人が一同に揃い、普段の鍛錬の成果を国王陛下の前で披露するというお祭り。
…なんと、私の旦那様(仮)は軍人であったらしい。伯爵とだけ聞いていたから正直驚いた。
そして私はアナの進言通り服を新調することにした。夫が軍人ならば、伯爵夫人として茶会に出る機会もめったに無いと思い、実家から持たされたドレスを一着売り払ったのだ。
「…メル?あなた服作るの大反対してたじゃない」
「違います!全くもって違います!私はご実家から持って来られたドレスを売 る こ と に!反対したのでございます!」
「…え〜……同じ事じゃない」
「同じではありません!何なのです!?このお揃いの可愛い空色ワンピースは!!メイド二人にあるならば、私にもあって然りでしょう!?」
…出た出た。こうなると彼女しつこいのよねぇ………。
メルの剣幕にリタがますます青褪めている。
「あ、あのメル様、私にこのような服は畏れ多いです。ぜひメル様が……」
「駄目よ!リタとアナは私とお揃いにするのよ!アクロイド三姉妹なんだから!!」
両手を広げてメイド二人の前に立ち塞がり、両頬を膨らますメルを視界から遮る。
「…レジーナ様と姉妹………ですか?」
「そうよ、リタ。私たちよく似てるでしょ?」
リタとアナが顔を見合わせている。
「……目と鼻と口の数は同じですね」
「アナは口が裂けても似てるなんて言えません」
「ええっ?ああ…私背中を縮めて歩くわ。はぁ…。どうしてこんなに背が伸びてしまったのかしら。ここだけの話、実はまだ少しずつ伸びてるの。去年は本気で止まらなかったらどうしようと思って帽子に重たい銅板を仕込んでいたのよ?……メルが全部取っちゃうから……」
「当たり前です!!」
「「…………………。」」
沈黙を保つメイドの二人を余所に、何だかんだと理由を付けて私は最後までアクロイド三姉妹での御前試合観覧を主張したが、斬り合いを見るのが怖いという最もらしい理由でリタは参加を固辞した。
リタが行かないなら…と、アナも来なかった。
…これは目論見が崩れてしまったわ。
馬車に揺られること数十分。やって来たのは王都の中心地、そう王宮。
「まあ!王宮の端にこんな場所があったのね。知らなかったわ」
子どもの頃から王宮には何度も出入りしたけれど、森の向こうに演武場があるとは知らなかった。
今日の御前試合はその演武場をメインに行われる。
「凄い人だかりね。メル、はぐれないように……あら?メル?」
忽然と消えたメルをキョロキョロ探していると、大声で吠える空色の服がいた。予想通り。
「道を空けよ!ウィンストン公爵家御息女レジーナ様の御通りである!あ、そこ!横切るでない!!」
「………………恥ずかしいわ」
人混みでごった返しているはずの演武場。
なのに私とメルの周囲だけがポッカリと穴が開いている。
…だからメルとは来たくなかったのよねぇ。目立ってどうするのよ。こういうのはコッソリ見るのが楽しいって相場が決まってるのに。
「…まあいいわ。ところで私の旦那様(仮)は何をしてる人なの?御前試合では何をなさるの?」
そう尋ねれば、隣で優雅にお茶を注いでいたメルの顔が固まる。
「レジーナ様…?まさか御夫君が何者か知らずに嫁いだ……と?」
「…うふ。事前情報は極力少ない方が楽しいかと思って。あら、お茶溢れてるわよ?」
「し…信じられません!アクロイド伯爵家のエドガー様と言えば……!」
「あ、待って待って!情報は小出しにして頂戴。今日は旦那様(仮)を探せ!をやるつもりだから」
そう言えばメルがカシャーンとティーカップを取り落とした。
「レ、レジーナ様!お顔!お顔は確認されたのでしょう!?結婚式で旦那様と指輪を交換なさいましたよね!?」
「……うふ?顔……どうだったかしら?」
指輪は……左薬指にはまってるわね。そうね、交換したわね。でもずっとベールで目元覆ってたし……俯いてたし……放置された寝室は真っ暗だったし……
「……なんて事……!!よろしいですか!?エドガー・アクロイド伯爵と言えば、最近性格は極悪だと判明しましたが、涼しげな目元で……」
「待って待って!オペラグラス出すから!」
涼しい目…?涼しい…涼しい……扇のような形かしら。
オペラグラスを覗きながら、メルの言葉に耳を傾ける。
「星屑を散りばめたようにキラキラと……」
キラキラ……?
覗く先には額に汗をほとばしらせる男性達が群れを為している。
「メル、キラキラが分からないわ。髪は?長い?短い?」
「髪?髪は長めでいつも緩く結ばれて……」
長めの髪……一つ結び……
「あ!彼ね!まぁ……何という筋肉かしら。筋骨隆々ってああいう事を言うのね!」
オペラグラスが捉えた先には、無造作に赤髪をまとめた鋭い目つきの男性……。不覚だわ…何て素敵なの……!
「…は?筋骨……?いえ、確かに軍人でいらっしゃいますから……」
「メル、わたくし彼を〝赤髪の君〟と呼ぶ事にするわ!お話出来ないなんて残念!!」
「…赤髪の………はーーー!?」
…いる。
間違いなく、いる。
結婚式の時一瞬横目で見た面立ちと、指輪交換の時に観察した珍しい緑色の瞳。…疑いようもなく……いる。
何だあの格好は。お忍びのつもりか?人混みの山にポッカリ揃いの服で陣取って、忍びも何もあったもんじゃないだろうが。というか隣の女は誰だ。
「よ、エドガー!順調だなぁ。今年もきっと個人戦はお前とゲイルさんで決勝だな!」
「…アンディか」
予選の二回戦あたりで適当に負けてすっかり軽装になったアンディが、演武場片隅の控えベンチにやって来る。
「…毎年毎年似たような顔触れしかいない状況は大丈夫なのだろうか。軍の人材育成が心配なのだが…」
おそらく次の試合であたる事になるだろう相手…去年も見た顔…をジッと見ながら呟く。
「お前……現れる新人をことごとく潰しといてどの口が何言ってんだ。それより見ろよ、相変わらず御令嬢が黄色い声援振り撒いてるぜ。たまには笑顔で手ぐらい振ってやれよ」
「断る。人を見せ物みたいにギャーギャーと……」
女どもの声は頭に響く。
あと話の大半が理解不能。
「でも残念だったな。今年の女神はゲイル派みたいだぜ?」
…女神……。男どもがくだらん格付けをした女か。
「ほら、あそこでオペラグラス覗いてるプラチナブロンドの……うお、本物の女神……?」
「興味無い。プラチナブロンドなど別に珍しくもなんとも……」
口に出してハタと気づく。
…プラチナ……ブロンド………確かどこぞの小娘も……
いや待て、そんなわけあるか。箱入り小娘とゲイルに接点など無いだろう。
「あ、出番みたいだぞ。勝てよ!〝疾風の流星〟」
パチリと片目を瞑って見せるアンディに本気でキレる。
「貴様……二度とその言葉を口にするな……!!」
何が疾風だ!流星だ!生き恥もいいところだ!最初に呼んだヤツ出てこい!粉微塵にしてくれるわ!!
「あっはっは!悪い悪い!…それにしてもあの二人姉妹かな。あんま似てねーけど。揃いの服って事はそうなんだろうなぁ………」
………は?
思わずアンディの視線の先を辿る。
「!!」
やはり……やはり間違い無い。アンディの視線はレジーナ…小娘…を捉えている。
は?え?どういうことだ?
混乱を極めた頭が再び現実を認識したのは、よく知らない女から優勝メダルを首に掛けられた時だった。
『4月30日 晴れ、やや強風
ようやく脳内旦那様が見つかったわ!新妻を演じるにあたって色々と頑張ってみたのだけど、旦那様の姿のイメージがないとアイデアが湧きにくかったの。ああ…それにしても素敵だったわ、赤髪の君………。結婚式の時チラッと見た横顔には髭は無かったし、何となく赤髪じゃなかったけど別にいいの。脳内旦那様だから。最後まで試合を見られなくて残念。そう言えば優勝はシップーノという方だったらしいわ。流れ星のように赤髪の君を一刀両断にしたのですって。きっと腕が丸太ほどあるのでしょうね。』




