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7月21日

「こちらが親戚筋で、こちらが領地を管理してくれてるお家ね。シーズンが終わったら領地にいらっしゃい。皆に紹介するわ」

「は、はい!よろしくお願いします」

「ふふ、そんなに畏まる必要無いわよ。むしろ領地のみんなレジーナちゃんを胴上げする勢いで喜んでるんだから」


 ご両親が王都の邸にいらっしゃってから三日、お二人はあくまでもお土産を持って来たと仰っているが、おそらくそうではない。

 本来ならば伯爵位を旦那様に譲る前に済ませておくべきだった引き継ぎが、どうやら何もなされていないみたいなのだ。

 

「エドガーったらちっとも帰って来ないでしょ?覚える仕事は山のようにあるのに、やれ駐屯地だー砦だー城だーで飛び回ってて、私たちも年に一度ぐらいしか顔を見ないの」

 居間でお茶を頂きながら、テーブルに置かれた資料に目を通す。

「…あの、ご事情があったのならば大変失礼なのですが、お義父様はまだまだお若くてお体も壮健だとお見受けします。旦那様に爵位をお譲りになったのはどうしてなのでしょう」

 こちらにいらっしゃってからずっと忙しそうにされているお義父様を思う。

 引き継ぎ期間すら設けられない中の爵位の譲渡は普通とは言いにくい。

 

 旦那様そっくりだけれど、笑顔が素敵なお義母様がフフッと笑う。

「それはもちろん、レジーナちゃんをお嫁に貰うからよ」

 お義母様の言葉に頭を殴られたような心持ちになる。

「…わた…わたくしを……?」

 私が……原因?

 私がアクロイド伯爵位を無理矢理交代させた…?

「あ!ウソっ!私何か余計な事言っちゃった!?違うの、きっとレジーナちゃんが考えているような事じゃないの!」

 お義母様がガタッと立ち上がって、目の前が真っ白になった私の隣に飛んで来た。

「違うのよ、レジーナちゃん!公爵御夫妻は伯爵子息のままでいいと仰ったの。…でもね、私が嫌だった」

 私の肩を抱くお義母様の言葉がわずかに沈む。


「…私ね、エドガー以外に子どもを授からなかったの」

 隣に座ってポツリポツリと語り出したお義母様は、何かを思い出しながら、それでも明るく振る舞おうとされている。

「だからとにかく大事に大事に育てたの。そのせいなのか、ぼーんやりした子になっちゃって…」

「ぼんやり?旦那様が?…とてもそういう風には……」

 キリッ!クワッ!といったお顔しか見たことないわ。

「ああ、あれは擬態よ。私の家系譲りの完璧な擬態。見てて、レジーナちゃん」

 お義母様が急にスンッとして遠くを見つめる。

「ま、まあ…!なんて高貴な横顔…!どこか遠い星から来た女王様のようですわ……!」

「…遠い星……フフフ!そうでしょう?よく言われたものよ。『黙っていれば貴婦人だ』って。失礼しちゃうわよね?」

 …何かしら、物凄く親近感を覚えるわ……。私もお兄様たちによく言われたものよ。『レジーナ、少し黙ってみようか。3分でいいから。お姫様になる訓練だ』って……。

 訓練は明らかに失敗したわね。私思ったことがすぐに口に出てしまうもの。


 お義母様が再び席に着き、ふうっと一つ息を吐く。

「それでね、エドガーが初めて男の子らしい事に興味を持ったのが剣術だったの。今思えば私も夫も親馬鹿だったのよね。専属の教師なんか雇ったりして…」

 あら、旦那様は剣術がお得意なのね。ゲイル様やシップーノさんと戦ったりされたのかしら。

「…幼馴染の男の子と一緒に16才で士官学校に入っちゃって……」

 まあ!段々と活発な少年に変身なさったのね。

「………そのまま今に至るわけ」

 

 お義母様の視線がカップを見つめている。

「…エドガーが前線に出ていた頃は生きた心地がしなかった。アクロイド伯爵家の唯一の後継なのよ?いつかぼんやりさんを卒業して、跡取りの自覚が芽生えると思っていたの。でもそんな日は来ないまま戦場を渡り歩いて……」

 そうよね、考えてみれば当然だわ。軍人の家族は妻ばかりじゃないもの。ご夫人方の不安ももっともだけれど、母親の辛さもきっと相当なものだわ。

「…そんな時にレジーナちゃんとの縁談が持ち上がったの。夫に我儘を言って、強制的にでもエドガーに後継者としての自覚を持たせて欲しい、若いお嫁さんが不安を感じないようにしてあげて欲しいって…」

「!!」

 キラキラしたお義母様の柔らかい瞳と目が合う。


「そしたら昇進したとかで余計に忙しくなっちゃったみたいでねー。あの子擬態したまま世の中騙してるんじゃないかしら。でも残念な事に騙し続けられるほど頭良くないのよねぇ。アレで口八丁手八丁だったら今頃5、6回結婚してるはずだから。エドガーったら親として笑えないレベルで女っ気無いのよ!そこだけは保証するわ!だから安心してね、レジーナちゃん!!」

 

 絶大な信頼感………。

 素敵な親の愛ですわ。






 一発の大砲音が鳴り響いたのは、明け方の事だった。

 それを合図に東国軍が動き出したという情報は、即座に作戦本部へともたらされた。

「…うむ、想定通りだな。先鋒が到達するまで半刻あまり。全軍迎撃体制を」

「「はっ!」」

 今回の総司令官であるマクレガー大将のあまりやる気を鼓舞されない命令に型通りの返事をし、支援軍として参じた各師団長が持ち場へと戻って行く。

 河を挟んでの防衛戦。どれだけ機動力があろうとも通常は攻める側に負担が大きい。それをやろうというのだから、東国は相当な期間をかけて準備して来た事がうかがえる。


「アクロイド師団長、ちょっと参れ」

 は…?

 あと半歩で部屋から出ようというところで、髭もじゃのマクレガー大将に呼び止められる。

「何でしょうか」

 体を反転させ、窓際で髭を撫でているジジイ……いや、例え髭モジャで腹が出ていても、自分より上の者がいるのはいい事だ。作戦に従っていればいいし、小難しい事は任せればいい……ならば楽なのだが。


「作戦会議を初日からずっと聞いておったんだが、いつも黙りこくっとるお主が今回はえらく発言しとったのう。しかもやけに短期戦にこだわって。何かあったか?」

 何か……別に。早く終わらせられるならそれに越した事は無いだろうが。

「第一防衛ライン…いや第ゼロ防衛ラインの話も面白かった。上手くいったら手柄は儂がもらうがの」

 あーはいはい、勝手にしろ。


「アクロイド、正解だ。今回は短期戦で終わらせねばならぬ。…兵の士気がもたん」

 ようやく大将らしい顔付きになった男が、鋭い目つきをする。

「…第二師団からの上申を引き延ばした件ですね」

「そうだ。フレッカーはずっとこの地を守っておる、まさに東部の守護神。ヤツの意見を無視してこれだけの規模の戦にした。…あやつ自身はさっぱりした男だがの、第二師団は憤っておる」

「………………。」

 それはそうだろう。例え私がゲイルの立場でも、今回の件で部下の士気をあげる事は難しいと思う。

 それがくだらないお家騒動の成れの果てだと知れば尚更だ。


「アクロイド第一師団長」

「は!」

「…そなたはもう少し自信を持て」

「…!」

 自信……。

「お主のことだから、今の職位は身分に下駄を履かせてもらっとるぐらいに思うとるんだろう」

「…それは……実際そうだと思っています。軍人生活のスタート時点から私には過分な役職でした」

 私は間違いなく落ちこぼれだったのだ。

 今だってどうやって部下を導けばいいのか日々悩んでいる。


「……兵卒は、どんな上官を喜ぶと思う」

 マクレガーから想定外の質問が飛ぶ。

「どんな…?それは…フレッカー第二師団長のように酒の席に付き合ったり、事あるごとに気にかけてくれたり……」

「20点」

「は?」

 …に…にじゅう………?10才の時の詩作の課題以来だ…。

「我々軍人は、はっきり言えば〝仕方なく〟そうなった者が多い。兵卒の多くは貧しい農民、士官の多くは相続権のない次男や三男。皆一番好きなのは褒賞にありつかせてくれる上官。次に自分を出世させてくれる上官だ」

 …なるほど。金と出世、わかりやすい。

「だから何よりも、自分を生きて家に帰してくれる上官を喜ぶ。生きて帰れば何度でも機会は訪れる」

「!」


「…ちなみに儂も早く家に帰らせてくれる部下が好き」

「は?」

 どうした、髭もじゃ。

「……孫娘にいつまで経っても顔を覚えてもらえんでの。年に一度贈り物を持ってくる……例の老人だと思われとる」

 ……そんな奇特な老人がいるのか。知らんな。

 だがその焦りは何となく分かる気がする。

「総司令官、指揮をお願いします。なるべく早く帰りましょう。…私も……顔を覚えて貰いたい者がおりますので」

 

 敬礼し踵を返す私の背に、マクレガーの驚嘆が追いかけて来た。

「…アクロイドの顔を覚えられん?そりゃ……人間か?」

 ……そうだな、キラキラ星人だ。





『7月25日 曇り

 お義母様が旦那様をいかに可愛いがってらっしゃったかよく分かる姿絵を見せて頂いたわ。可愛い可愛いピンク色のドレス姿なの!お義父様は旦那様の名誉がどうのこうのと仰っていたのだけど、こっそり一枚頂いてしまったわ。本当に可愛い……可愛いわ!』

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