6月20日 前編
…何かしら、すごく視線を感じるわ。
あれかしら、見かけない顔の不審者だと思われてるのかしら。まあ、実質それに近いわね。来年には消え去る幽霊のようなものよ。
ここは王宮内の西の宮。
どうやら軍関係の催しは、この西の宮を中心に開催されるようだ。先日の夫人会の召喚……招待がこの宮の中庭だった事からも間違いない。
間違いないのだが、現地集合の〝現地〟がどこか分からず、宮の表玄関に繋がる階段の一番下に突っ立っている次第である。
そろそろ行き交う人々からの視線が痛い。
「うーん……旦那様には役職が付いてるし、きっとそれなりに知った方がいらっしゃるわよね。ちょっとだけ聞いてみようかしら……」
がしかし、今日の作戦行動のためには話しかける人物を厳選しなければならない。
キョロキョロと目だけで辺りを見回すと、ドレス姿の女性もいるにはいるが、圧倒的に黒い軍服姿の男性が多い。
まぁ…!これは盲点だったわ。皆さまなんて凛々しいのかしら…。
私の記憶にある軍服といえば、兄様のいる近衛隊の目がチカチカするような赤と金のケバケバしい代物。
ああ…なんて事なの!こんなに素敵な世界に舞い込んだというのに、私にとって罠にしかならないなんて……!!
階段下で右に左にウロウロする挙動不審な私を見かねたのか、とうとう背中に声がかかった。
「誰かお探しです……あれ?君、御前試合に来てた?」
声の方を振り返ると、そこには優しそうな茶色い髪の男性が。
「やっぱりそうだ!水色のお揃いの服で来てたよね!え、誰かの家族?所属どこ?」
ど、どうしましょう!
今夜の基本行動その1、男性と目が合ったら怯える。
その2、話しかけられたら意味もなく震える。
その3、少しでも体が触れると死ぬ。死因は感電死。(そのぐらいショックを受ける)
親切な方相手に怯えるって…きっと頭が弱い女だと思われるでしょうね。でも仕方ないの……!
大変失礼だとは思ったが、大袈裟に瞳をウルウルしながら指を一本立てて『1』を示す。
「第一…?同じだ。うちの部下に御令嬢の妹がいるやつなんかいたか?…うーむ……ま、とりあえず着いておいでよ。第一師団ならみんな固まってるから」
コクコク頷き、目を乾かしながら優しそうな男性の隣をオズオズ歩く。
「うちの師団の話聞いたことある?滅茶苦茶厳しいボスがいるって。まぁ厳しいは厳しいんだけど、かなり天然なんだよね。この間も自宅に一行だけの手紙出すのに一週間ぐらいかけて……あ」
陽気なお喋りが突然止まったのを感じ、男性の視線の先に目を向ける。
「レジーナ」
私を呼ぶ声がしたかと思えば、前方からキラキラした物体が近づいて来る。
その声に合わせて、男性の首がギギギギギ…と私の方を向く。
「…まさか………」
茶髪の男性の声とほぼ同時に、キラキラが私の目の前に立った。
「悪かった。迷わなかったか?」
キラキラが強度を増して人型に変化して…パチパチッと藍色の瞳が装填されて……
「だ、旦那様!?」
何てこと…!なんてことなの……!?
旦那様は人外の存在だったのね!!
黒い軍服に沢山の勲章を着けたその人は、形容する言葉が出て来ないほど輝いていた。
「アンディ、彼女を探してくれたのか?よく分かったな」
旦那様が隣の男性に声をかける。
「………は?」
男性が小さく声を上げる。
「いくぞ、レジーナ。……重たそうな頭だな」
メルの渾身の盛り髪への無味な感想を述べ、旦那様が踵を返す。
慌てて彼の後を追いながら、先導してくれた男性…おそらくアンディ様に頭を下げる。
「だ、旦那様、お待ち下さいませ!」
男性の隣を通り過ぎたあと、背後で上がった声は聞こえていなかった。
「は……はーーー!?」
「申し訳なかった。つい先ほどまで会議があってな。ったく着替えの時間ぐらい考えて欲しいものだ」
ブツブツ誰かに文句を言いながら旦那様が歩く。
「着替え……そう言えば先日は灰色の制服を着ていらっしゃいましたわね」
「ああ。日常の勤務用と儀礼用は種類が違うのだ。面倒くさいんだぞ?夏と冬でも違うし、儀式の格式によっても変わる」
まぁ…。知らなかったわ。
「その胸に着いている小さな飾りや勲章は自分でおつけになるのです?順番が決まっているのですか?間違ってつけたら叱られますの?」
…しまったわ。いつもの調子で質問責めに………
「…そうだな、君に覚えてもらおうか。次は頼もう」
次は……次?…次……!?
困惑する頭を捻っていると、どうやら会場の入り口に着いたらしい。
「ほら」
旦那様が左腕を差し出す。
「ほ、ほら?」
「手」
「ててて手!!」
まさか…まさかエスコートを……!?
どこ!?どこに罠が……!!
「…………何も仕込んで無い」
「!!」
私の手を取ろうとするこの方はどなたですの!?
はっ、まさか…キラキラ星人?星屑が生み出したキラキラ星人ですのね!
旦那様だけ代役を立てられるなんて卑怯ですわ!
あー…面白い。
面白いがなかなか腹が立つ。
何だろう、この得体の知れない生き物は。
つまらない主催者挨拶を聞き流しながら、私の腕から右手を必死に浮かせてプルプルしているレジーナを盗み見る。
先ほども思ったが、私の腕は危険物か?
何を企んで来たのか知らないが、今夜は隠しナイフなど持ってないからな。
…そんなに触れるのが嫌ならばこうしてやる。
差し出していた左腕を抜き、プルプル震えるレジーナの右手をガッと包めば、分かりやすく体がビクッとし、正面を向いたまま目を見開いている。
まるで感電した鳩だな。
……面白い。
「…ヒソ…だ、旦那様?わたくし諸事情により長生きできそうにありませんの。手を離して下さいませ!」
レジーナが小声で何かを言っているが、全く意味不明なので無視する。
「……どうしましょう、作戦に大いなる修正が必要だわ…ブツブツブツ……」
大いなる修正が必要な作戦の中身が気になるところだが、おそらく大した内容では無い。
でも一応ジッとレジーナの次の一手を待つが、さっぱり動きは無かった。
結局手を繋いだまま元帥がゲイルに式典用の剣を授ける様子を見ていた…のはレジーナだけで、私はゲイルを見るレジーナを横目で見ていた。
彼女の瞳がゲイルを映した瞬間に、口元が小さく『まぁ…』と動いたのを私は見逃さなかった。
…やはり顔見知りなのだな。
なぜか分からないが少しだけイラッとして、彼女の手をポイッと放り出す。
……なぜそこで明らかにホッとするのだ。何だ?この堂々と喧嘩を売られているような気持ちは……!
とまぁ少々納得のいかない始まりだったが、その後のレジーナは大したものだった。
軍の幹部連中への挨拶も完璧な微笑みでやり遂げた。
ただ一つ減点するならば、挨拶の出だしで必ず『つ……ま………のレジーナと申します』と言い澱むところだ。
現状の肩書ぐらいスラスラと言えるように訓練しておくのだな。大して長くも無いだろうが。二文字だろ。
挨拶すべき人間はもういないかと会場をぐるりと見回すと、目の据わったアンディが『こっちへ来い』とハンドサインを出している。
…緊急事態か?
「レジーナ、部下に呼ばれた。挨拶はもう大丈夫だ。自由に過ごすといい」
そう声を掛ければ完璧な微笑みが返って来る。
「畏まりました。いってらっしゃいませ」
「…ああ」
今度はもやっとしたものが胸に湧くが、平静を装いアンディの元へと向かった。
「どうした、何か起きたか?」
やけにじっとりした視線を寄越すアンディに声をかける。
「…エドガー師団長?」
「師団長?……なんだ」
久しぶりに生意気なアンディに役職名で呼ばれる。
「お幸せそうで何よりですねぇ?」
「…は?」
「たいそう出し惜しみしたのはこのせいか!!謝れ!本気で心配した俺に謝れ!!」
「な、何の話だ!!」
アンディがビシッと会場の西端を指差す。
「アレだよ!アレ!!何でお前みたいな冷血漢が美少女を連れ回してんだよ!顔か!?顔なのか!?取れ!!その被り物取れ!!」
「な、何だ!酔ってるのか!?酔うまで飲むなと毎回あれほど……!」
髪を毟ろうとしてくる酔いどれを制しながら会場の西端に目をやる。
「アンディ、静まれ。ターゲットが目標に接近した!」
耳元で叫ぶと酔いどれがピタリと止まる。
「…ターゲット……?」
「ああ。気取られないようにしろ」
眉根を寄せるアンディを無視して、私は対角線上から二人を凝視する。
…今にも目が合いそうなレジーナとゲイルを。




