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6月18日

 今王都は社交シーズン真っ盛りである。

 私は16歳で社交界デビューを果たしたのだが、16歳になったとほぼ同時にパーティーに同伴してくれない困った婚約者ができたわけである。

 デビュタントのパートナーは、ボタン二つは自分で留めるアーネスト兄様にお願いして事なきを得たけれど、過保護な兄と参加するパーティーほど虚しいものも無かったから、二度とお願いしなかった。

 誰か一人ぐらい誘ってくれるのでは…と淡い期待もしてみたが、そんな男性の知り合いなどいなかった。

 つまり何が言いたいかというと、デビュー以来私は夜会に出た事が無い。

 

 そんな私は、突然届いた一枚の書状を片手に震えていた。

「…これは……一体どう捉えればいいのかしら……」

 私の呟きを拾って、メルが隣から覗き込む。

「ふむふむ……どう捉えるも何も、招待状ではございませんか」

「そんな事分かってるわよ。そうじゃないの、ここよ、ここ!手書きでメッセージがあるでしょう!?」

 震える右人差し指で、書状の最後に記された文字を指し示す。

「なになに……申し訳ないが当日夕刻まで予定が詰まっている…から?現地集合でた…のむ。……エドガー……」

「「エドガーッッッ!!!」」

 

 声が揃ったところで大騒ぎ開始である。

「レ、レジーナ様っっ!これは夜会への同伴依頼ですよ!?」

「そ、そうよね!?暗号とかじゃないわよね!?わたくしまだそこまでは到達していないの!」

「そこは一生到達せずにお願いします!大変だわ……。これは一大事!リターー!!アナーー!!衣装部屋集合!!」

 ドタドタと部屋を出て行くメルの背を見ながら、私はもう一度書状に目を通す。


『壮行会開催のご案内

 このたび北方戦線の早期決着を図るため、第二師団の派遣が決定致しました。つきましては下記の日程で壮行会を開催することと致します。万障お繰り合わせの上……』

 

「…日時、6月20日…あさって!時刻、19時…そのあと宴席…御家族同伴可!!これは……絶対に罠だわ」

 招待状が二日前に届くなんてことあり得るの?圧倒的に準備時間が足りないわ。ドレスを選んで虫干しして……とか全く分からないけれど、太っていたらどうするの!?

 …落ち着いて、そこは大問題だけれど実は大したことではないわ。メルがいればサイズは何とでもなるもの。

 問題は、〝なぜ旦那様が私を同伴するのか〟よ。

 あの日の夕食以来、旦那様とは一度も顔を合わせていない。旦那様からは何のリアクションも無いまま、邸で毎日面白おかしく居てもいなくても構わない妻として過ごしているだけ。

 

 公式な場に私を呼ぶって……目的は何?

 だって将来的に婚姻関係を解消する事で一致したわよね?…した……わよね?

 目的…目的…ええと……はっ!もしかしてこれは招待状に見せかけた挑戦状なのでは……?

 そうよ、私あの時言ったわ。旦那様に非の無いように致しますって。試されているのだわ。本当に旦那様の名誉を守れるのかどうか……。

 だったらこれは私にとってもチャンスかもしれない。

 このチャンスをものにすれば、アクロイド伯爵家を離れたあと二度と嫁がされずに済むかもしれない。

 頭が悪い…浪費家…暴力的…この辺りはウィンストン公爵家が権力にものを言わせればほとんど解決されてしまう。

 だから道は一つだけ。

 私が女性として〝使い物にならない〟という噂を広めること。

 

 ……この挑戦……受けて立つわ!






「急だったな。北が苦戦してるのは分かってたけど、まさか…」

 西の宮最上階、軍本部会議を終えた私とアンディは、並んで別棟にある師団長室へと向かっていた。

「アンディ、待て。念を押されただろう?あと5分待機だ」

「っと、あー……だな」

 アンディの気持ちも分からないでは無い。

 私だって今回の上層部の決定は意外だった。

 通常は上から下へと流れるように……いや、第一師団においては時々流れが滞るが、大規模な遠征の前にはそれなりに末端にまで情報が与えられる。

 それが今回は現場の大隊長どころか連隊長クラスにまでギリギリまで知らせるなと来た。

 ここから導き出せる事は一つ。

 …上は情報の漏洩を相当警戒しているという事だ。

 

 ぐるぐる遠回りさせられる独特な作りの王宮。外敵の侵入を警戒しての事だと理解は出来るが、毎度毎度イライラしながらようやく別棟へと辿り着く。

「あー面倒くさい!目と鼻の先に徒歩5分!」

 乱暴に扉を開けながらアンディが叫ぶ。

「…うるさい」

 席に着きながら通りすがりに呟く。

「け、本当はお前だって面倒くさいと思ってるだろ?せめて走らせてくれとか思ってるだろ?」

 …それは思っている。数年来ずっと思っている。

「それよりさっきの話だが、今回の件は最上級の機密だ。今までの国境線を挟んでの睨み合いとは違う。…おそらく開戦だ」

 アンディが溜息を吐きながら私の机の上の文箱の中を確認する。

「…わかってるよ。しっかしなぁ……まさか俺らまで出番が回って来るとは思わなかった」


 神妙な顔をした所でアホ面が隠せていないアンディをジッと見る。

「…お前、行きたいのか?」

「は?」

「そうか。南の防衛に二割の兵は残すのだが、指揮官をどうしようかと悩んでいた。お前がようやく独り立ちする気になったのなら遠征は任せよう。長い付き合いだったな」

 冗談めかして言えば、アンディが目を見開いて驚愕している。

「はあっ!?俺が行くわけ!?お前抜きで!?一人で師団背負って!?」

 お前、士官学校出の大佐じゃなかったか?しかも副師団長だったよな?誰だこんな男を出世させた奴は。

「…はぁ。というのは冗談だ。私も行く。南は連隊長に任せる」

「………だよね。あーよかった。エドガーのおこぼれでトントン拍子の俺に見知らぬ土地で実戦なんか無理だっつーの」

 何と…主犯は私だったか。これは懲罰ものだな。


 

「…ちなみに……壮行会…嫁さん呼んだ?」

「ああ」

「えっ呼んだ!?」

「ああ」

「えっ!?本当に?本気で!?」

 ……しつこい。

「何で急に気が変わったんだよ」

「面白いからだ」

「おもしろい………」

 彼女の事だから、絶対に何か余計なことを企ててくる。

 つまらないパーティーのいい時間潰しになる。


「はー……お前の嫁かぁ……。大変そう」

 アンディの顔に憐憫が浮かぶ。

「何がだ。私は何も言わないし、向こうも好きに過ごしているが?」

「そうじゃない、そうじゃないだろ!お前の隣に並ぶ女が大変だって言ってんだよ!」

 ……時々こいつは意味不明だ。

「並ぶのが大変なのはこちらの方だろう。向こうがいくつだと思っている。…そうか、お前も婚約者を連れて来い。私が悪目立ちせずに済む」

「……お前さ、たいがい性格悪いよな。分かってて言ってんだよな?俺の婚約者が何歳か!!」

 ………14歳だな。

「……何で俺は分家の次男なんだ。何であの子が産まれた瞬間に婿入り決定なんだよ!!」

 知るか。


 まぁ…レジーナを呼んだのにはもう一つ理由があるがな。

 今回の主役はあくまでも第二師団。そう、ゲイルの軍だ。

 顔見知りなら挨拶は避けて通れない。これで二人の関係を明らかにできるだろう。

 それにしても彼女は夜会に出た経験があるのだろうか。

 …いや、誘いの一つや二つぐらい……待てよ、社交界デビューはいつだ?今17歳だから………

 どう計算しても、何か可哀想な事をしでかした気がする。

 よくもまぁウィンストン公爵家は娘を蔑ろにする男との結婚を認めたものだ。その辺りの事情も追々解き明かさねば。

 

 さて、明後日はどんな顔をして現れるのか……。





『6月18日 雨のち晴れ

 ギ…ギリギリだったわ。まさかドレスがギリギリなんて思いもしなかった。この二か月半よほどのんびり過ごしてたのね。明後日の壮行会が無事に終わったら本格的に何かはじめなきゃ。それにしても改めてトルソーの中身を見たら青系のドレスばかりだったわねぇ…。誰が準備したのかしら。こんなに明らかに旦那様の色を纏うのってどうなの?好きでも無い女に我が物顔で隣を歩かれるって気持ち悪くないかしら。私だったら御免だわ。ああ、でもドレスを誂える時間が無いのよ…!』

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