第18回 小学生マイチューバー
『はーい重大発表をしたところで今回は終わり! 事務所に所属したということで一層、パワーアップした私にご期待ください。それでアフリカ旅行の動画は次回やるからね。それじゃまったねー、チャンネル登録と高評価も忘れずお願いしまーす!』
褐色の肌、さらさらな金髪のツインテール、透き通った青い瞳の少女はカメラの前で笑顔で手を振り、動画は終わった。
【コメント欄】
《えっ?えっ?ルルちゃん、なにかの検証動画?》
《IDEALって配信者を囲ってんのか?マイチューバーで世界征服?》
《アフリカ旅行ってテロ活動かーい!!》
《家、特定しました今から行きます》
◆◇◆◇◆
動画投稿後から三十分、少女は自宅のマンションを出た。
待ち合わせの場所まで歩いていると、一台の黒いミニバン車が猛スピードで走ってきた。
「あっ!」
少女は思わず声を上げる。
軒先から飛び出した一匹の猫が車道を横切ろうと走り出していた。
「ねこちゃん、車が来るよ!」
しかし、少女の声は届かなかった。
強引に横切ろうとした猫はミニバン車に跳ねられ、電信柱に身体を打ち付けらて動かなくなった。
そして、そのミニバン車は少女の目の前で急停止する。
「……久住ルルだな?」
車から降りてきたのは覆面の男だった。
息を荒げて少女に名を尋ねる。
「そうだよ」
「……来てもらう」
「やだ」
久住ルルと呼ばれた少女は、瞳に涙を浮かべながら小さな人差し指を覆面男に向ける。
「だーん」
パチッ、と指先から静電気のような弾けた音がした。
何かの真似事か覆面男は首をかしげる。
「……っ!?」
次の瞬間、頭上に張り巡らされた電線が閃光して、覆面男に向けて電氣が落雷が降り注いだ。
その一瞬、ミニバン車に乗っていた者達は、屋根の上から睨む巨大な怪物を目撃した。
「やべえぞ……車出せ、早く!」
黒焦げとなった覆面男だったものをその場に置いて、彼を乗せていたミニバン車は驚いて逃走する。
「ライヴライン、逃がさないで」
涙をぬぐったルルがその名を口にすると、何もなかった空間が歪み、巨大な人型のシルエットが姿を現す。
二丁拳銃的なポーズで逃げる車をルルが指差すと、電線から迸る光がミニバン車をめがけて駆け抜けた。
「だだーん」
矢のように落ちる雷がミニバン車を貫くと一瞬で大爆発する。
燃えながらミニバン車は橋を乗り越え川へ落ちていった。
その様子を無表情で見守っていたルルの前に、また一台の車体の長い高級リムジン車が停車する。
「アフリカへの遠征、お疲れさま」
窓を開けて顔を少し出すのは白い仮面の男。
IDEALのリーダー真道アークだった。
「もー、おっそいですよぉ、リーダー!」
アークを見た瞬間、先程までとは一変して明るい表情を見せるルル。
後部ドアが開いてルルは意気揚々にアークの車に乗車した。
◆◇◆◇◆
「向こうの動物たちとは触れ合えたかい?」
「うん、動画用にも一杯撮影もしてきたよ」
高速道路に入る真道のリムジン車。
車内でルルはジュースを飲みながら、アフリカ大陸での進攻活動の話で盛り上っていた。
「絶滅しかけてる動物も沢山いるってのにねぇ、あそこなんて国ぐるみで違法に動物たちを他に売ったりしてるんだよぉ?」
「はっはっはっ、それは酷い話だね」
「でもね、それをルルとライヴラインが見事に阻止したってわけ」
ルルは自分のスマホから車内のテレビに映像を送る。
乾いた大地を踏みしめるライオンの姿を模した青い人型マシン、ライヴラインは軍の戦車やトラックを改造した武装車両、歩兵集団を相手にしていた。
四方八方から集中砲火を受けるが、ライヴラインは姿を瞬間的に消しながら移動して敵勢力を自慢の獅子の爪でなぎ倒していく。
「流石だよ。この真道アークの目に狂いはなかったらしい」
「正義の味方をやるって気持ちが良いね」
真道の運転する車が真芯市の外縁をひた走る。
高速道路の向こう側、フェンスを越えた内側の街は、かつての戦いによってゴーストタウンと化した廃墟の高層ビルが広がっていた。
「それはそうと“ライヴの力”をあまり町中で使うべきじゃないぞ。住民の皆様がビックリしてしまう」
「えー、どうしてぇ?」
「我々は正義の味方だ。騒ぎを起こすのは悪役だけで良い」
「それがYUSAって人たちってわけ?」
「そうだ。この真芯湖も、廃墟と化した町も奴等のせいで出来た。そして、ディーティもここで亡くなった」
「あのお兄ちゃん死んだんだ……ふーん」
仲間の訃報を聞くもルルは関心のないリアクションで返すしかなかった。
「強いの? ライヴイヴィルとかいうの」
「あぁ、あれはライヴシリーズの原点だからね」
IDEALのメンバーが、全員揃ったのは一ヶ月前のことだ。
本格始動する前に何度か集会はあったが、ルルは普段の学生生活とMYTUBE活動で忙しく顔を見せる機会はほとんどなかったが、ディーティに関しては近付くのを露骨に避けていた。
「でもルル、あの人あんまり好きじゃなかったな」
「どうしてだい?」
「だってルルを見る目が気持ち悪いんだもん!」
「はは、彼は境遇のよくない子供たちを守るヒーローになりたかった。決して変な意味で見ていたわけじゃないよ」
「……ルルは自分を可哀想なんて思ったことないよ」
透き通った青い瞳でバックミラー越しの真道を見詰めるルル。
「どこの血が流れてようと、ルルはルルだもん」
「ふふ、そうだね、君は強い子だ。だから、俺は君を選んだのさ……ところで、ライヴラインはついてきているね?」
「うん、いつでも出発できる……行けるよ!」
「ライヴイヴィルは我々の計画の邪魔だ。ディーティの仇、頼んだよ“ルールー”」
ガン、と強い衝撃で一瞬、車が大きく揺れる。
真道はバックミラー越しに後部座席を確認した。
「……計画は第二段階に移行する。さぁ、次の進化を見せてくれ真月叶羽」
そこにルルの姿はなく、ドアが開きっぱなしになっていた。




